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Twitter https://twitter.com/gashin_shoutan の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

太白の旅[その5] - ソウルを貫く漢江の源流に慰霊塔、往時の石炭産業全盛期を記憶し保存する「鉄岩炭鉱歴史村」

前回のエントリーの続きです。

gashin-shoutan.hatenablog.com

f:id:gashin_shoutan:20170227220628j:plain日付は変わって1月23日 (月)。
この日はまる一日かけて、太白市内のみどころをめぐる予定です。なのでちょっと早起き。
まだ日の出前の午前7時、空にはぽっかりお月様。正面に見える山はちょうど太白市の真ん中に位置する、蓮花山(ヨンファサン:1,172m)。この山の地中深くにはKorail嶺東線のループトンネル(ソラントンネル)が一周しています。

 

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外は昨夜に輪をかけて寒いです。太白駅前にある温度計は、なんとマイナス15~16℃。そりゃ寒いよ。

 

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太白駅前に24時間営業の食堂を見つけて、まずは腹ごしらえ。注文したのは写真のテジクッパ。おいしかったです。

 

この日最初の目的地は、太白駅から北東の方角、金台峰(クムデボン: 1,418m)の山裾にある「倹龍沼」(검룡소:コムニョンソ)。この倹龍沼こそが、大都市ソウルを東西に貫流しはるか西海(黄海)へと注ぐ、あの漢江の発源地なのです。
ここ太白市には倹龍沼に加え、前回のエントリーでも紹介したように遠く釜山へと流れる洛東江の発源地である「黄池ヨンモッ」も存在します。つまり韓国を代表する2大河川の発源地をともに擁するわけですね。なんと贅沢な。

さて問題は、ここへ行く手段が限られていること。
倹龍沼の1.5km手前にある駐車場までは太白市外バスターミナルから市内バス(13番)が出ていますが、何故か早朝6時台の1本のみ。しかも駐車場発の帰りの便は17時台までないため、もっと早く戻るには次に近い「アン蒼竹入口」バス停まで5km以上も歩かなければなりません。
そんなわけで今回の手段は往復ともタクシーに決定。とはいえ山の中の駐車場で帰りのタクシーを拾えるはずがないので、徒歩で倹龍沼へ行って帰る間は駐車場で待機してもらうこととします。そこでまずは駅前に停まっているタクシーの運転手さんと値段交渉。なんとか3台目で、妥当だと思える往復3万ウォン(約3,000円)でOKのキサニム(韓国での運転手さんの敬称)に出会いました。

 

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倹龍沼駐車場。路線バスを含む車両の乗り入れはここまでです。

 

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駐車場から倹龍沼へ向かう渓谷道。予想はしていましたが大雪渓です。
深い山の中であるうえ、ただでさえ標高の高い市街地(海抜680m前後)からさらに200mほど高い場所にあるからか、市街地よりさらに寒い。当日はダウン2枚を含む5枚の重ね着のうえ歩き通しだったので体はどうにか温かいものの、むき出しの顔が痛い。手袋も二重でないとすぐに感覚がなくなるという。おそらくマイナス20℃前後だったのではないでしょうか。バッグの中のペットボトルのホッケ茶も部分的に凍ってました。

 

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そんな中を20分程度歩いて、ようやく目的地の倹龍沼に到着。

 

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倹龍沼。1日あたり2,000トンの伏流水が湧く泉です。全長514kmもの大河、漢江はここから始まります。

 

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倹龍沼から湧き出た水流はすぐに小さな滝を形成し、その下で折れ曲がっています。この水流沿いにある侵食された岩の数々は、遠い昔に西海に棲息する大蛇が龍になろうとして漢江を遡り、ようやく到着したこの場所で龍になるための修行の中もがいた結果生まれた、という伝説があるとのこと。韓国の名勝73号にも指定されています。

 

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環境保全のため、倹龍沼から湧き出る水に直接触れることはできません。すぐそばに木製のデッキが設けられ、ここから全体が眺められます。

倹龍沼(검룡소:江原道太白市蒼竹洞山1-1。名勝73号)

 

f:id:gashin_shoutan:20170227221215j:plain荒涼とした冬の山。1948年の麗順事件直後から朝鮮戦争期まで、深い山の中を根城に抗戦したパルチザンたちも、冬はこのような山々を歩いていたのでしょうか。

 

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凍結した路面のため転んだりしながら、再び雪道を20分かけて駐車場へ。遠くに見える風車は梅峰山(メボンサン)風力発電団地。絵になります。

この倹龍沼、実は太白駅前から発着する1日1便のシティツアーバスのコースに含まれており、こちらを利用すればタクシーよりもずっと安く(約600円)訪問することが可能です。ただし予約状況次第では催行中止となる可能性があったことと、コース外でどうしても訪問したかった場所があったため、今回は断念しました。
駐車場で待機してもらったタクシーで再び市街地へ。太白駅前を出て以来タクシーのメーターはずっと動いており、自由市場の入口で降車したときの金額はだいたい3万ウォン台後半くらい。3万ウォンで合意したのはまあ正解だったといえるでしょう。

 

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前日の夜にも訪れた、太白随一の在来市場、自由市場。海鮮市場は早くも活気にあふれています。

 

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自由市場のすぐそばを流れる黄池川べりの柵に、ホンオ(ガンギエイ)の一夜干しが。遠くから見たときは、なにかのオブジェかと思いました。

 

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自由市場から歩いて10分弱、黄池川にかかる橋を渡った先の小高い丘の上に、写真の塔が建っています。
この塔こそが、かつて太白の発展の原動力であった石炭産業の最前線たる炭鉱において、落盤や粉塵爆発などの事故により殉職した鉱山労働者「産業戦士」を慰霊するために建てられた「産業戦士慰霊塔」(산업전사위령탑)です。
高さ17m、1975年建立。塔銘の揮毫は、その4年後に暗殺された朴正煕元大統領によるものです。

 

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塔の裏手には、太白を含む江原地域で殉職した4,000位あまりの産業戦士たちの位牌を納める「位牌安置所」があります。

 

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毎年10月2日には、塔の広場で慰霊祭が開催されます。この前日に訪れた「太白石炭博物館」に、その様子を再現したジオラマがありました。

 

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塔は当時の三陟郡黄池邑、現在の太白市黄池洞の市街地を見下ろす丘の上に建てられました。反対に市街地側からもこの塔がよく見えます。炭鉱の閉山により人口が最盛期の半分以下にまで減少しつつも、繁栄を維持し続ける太白の街を見守るかのようです。

産業戦士慰霊塔(산업전사위령탑:江原道太白市江原南部路13(黄池洞3-3))

 

産業戦士慰霊塔から近い「パラムブリ」バス停より、4番の市内バスに乗車。この日はこれから、市内を時計回りに走る4番バスの路線に沿って点在する太白のみどころを巡る旅となります。
末尾5の日に開かれる「桶里五日市」や、前日にタッカルグクスを食べた「ハン書房カルグクス」の最寄りでもある「桶里」バス停を通り過ぎ、鉄岩(チョラム)洞の「鉄岩市場」バス停にて下車。ここにあるのが「鉄岩炭鉱歴史村」(철암탄광역사촌)です。

 

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1960-80年代の石炭産業が栄華を極めた時期に発展し、最盛期には鉄岩地区だけで5万人もの人ロを誇りながらも、90年代以降の相次ぐ閉山により寂れてしまった鉄岩駅前の商店街。建物の外見はその往年の姿を残しつつ、空き家となった内部には炭鉱村・鉄岩の歴史を記憶するギャラリーを設置し、2014年に再オープンした場所です。

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炭鉱で使用されていたであろうトロッコを「鉄岩炭鉱歴史村」の看板にそのまま再利用。

 

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かつて炭鉱労働者たちで賑わった当時の哀歓が漂う、店先の風景。たまらないです。

 

f:id:gashin_shoutan:20170227223139j:plainある建物の内部。外見からは想像もつかない、映像コンテンツを上映する空間もありました。

 

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 ある建物の内部。殉職した鉱夫たちの名前を刻み、記憶するためのモニュメント。

 

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ある建物の内部。炭鉱住宅や、鉱夫たちの日常風景が実物大で再現されています。

 

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一部の建物は、かつての居住空間だった店舗の裏側や階下の空き部屋が開放されています。ところどころ鉄パイプで補強されています。

 

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11棟が現在も残る鉄岩炭鉱歴史村の建物の特徴は、裏を流れる鉄岩川の上に張り出した「カチバル建物」であること。全国各地から高待遇の鉱夫の職を求める人々が集まり、急増する人口に対し不足していた居住面積を補うため、このようなカチバル(까치발:カササギ(鳥)の足の意。ここでは建物を支えるブラケットのこと) で支えられる特異な建築様式になったとのことです。

 

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鉄岩川を挟んだ「カチバル建物」の撮影ポイントには数体の鉱夫たちの像が。そのうちひとつ、赤ちゃんをおぶって手を振る川向こうの奥さん(の像)に右手を上げて応える鉱夫の像。左手には弁当箱を提げています。「マクチャン」と呼ばれた坑道での過酷な労働と、炭鉱住宅での家族との暮らしという鉱夫の2つの日常をつなぐ象徴的なアイテムとして、太白ではこの「弁当箱」をよく目にします。

写真はありませんが、この鉄岩炭鉱歴史村には現在も営業している飲食店が2店舗ほどあり、そのうちひとつでは5,000ウォン(約500円)のランチビュッフェを提供。この日の昼食となりました。
すぐ近くには、「迷路壁画マウル」(미로벽화마을)と呼ばれる小さな壁画村もあります。今回は行きませんでしたが(忘れてました(^_^;)、いつか鉄岩炭鉱歴史村の再訪がかなうならば、あわせて訪れたいものです。

鉄岩炭鉱歴史村(철암탄광역사촌:江原道太白市東太白路402~同414-1(鉄岩洞403-59~同366-20)一帯)

 

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鉄岩炭鉱歴史村のある建物の屋上には、Korail嶺東線・鉄岩駅に併設された「鉄岩駅頭選炭施設」(철암역두선탄시설)を一望できる展望台が設けられています。
この「鉄岩駅頭選炭施設」は、日帝強占期の1935年に開発が始まった三陟炭鉱で採掘された無煙炭を用途ごとに選別・加工し、列車で運搬するための施設として設置されたもので、三陟炭鉱をはじめ江原地域で産出した石炭がここに集められ全国各地へと輸送されてゆきました。現在も江原道にはわずかながら採掘が続いている炭鉱があり、ここもまた現在も稼動しているため立ち入ることはできませんが、鉄岩炭鉱歴史村の展望台からはその全容を眺めることができます。2002年、登録文化財第21号に指定。

鉄岩駅頭選炭施設(철암역두선탄시설:江原道太白市東太白路389(鉄岩洞370-1)。登録文化財第21号)

 

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Korail鉄岩駅にも立ち寄ってみました。1940年8月開業。現在の市の代表駅である太白駅よりも立派な駅舎ですが階上に商業施設はありません。1985年に落成したこの堂々たる駅ビルが、往時の鉄岩の繁栄ぶりを物語っています。 

 

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広々とした待合室。石炭産業で発展した街の玄関であり、いまも選炭施設を擁する駅らしく、室内には大きな石炭のかたまりが展示されています。残念ながらコインロッカーはありませんでした。

 

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この鉄岩駅からは、中部内陸循環列車「O-Train」(ソウル行)と白頭大幹峡谷列車「V-Train」(汾川行)が発着しています。乗降客減により一時は乗車券の窓口販売が休止された同駅ですが、これらの観光列車が運行をスタートした2013年に再開されています。

 

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鉄岩駅とその周辺は映画『인정사정 볼 것 없다』(邦題『NOWHERE ノーウェアー』)のロケ地となった場所であり、中でもアン・ソンギ、パク・チュンフンの両氏が雨の中を殴り合ったシーンの撮影地として知られているようです。

 

駅前にある「鉄岩駅」バス停から再び4番バスに乗り、次の目的地へと向かいます。
続きは次のエントリーにて。

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