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Twitter https://twitter.com/gashin_shoutan の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

太白の旅[その7] - 犬もお札をくわえて歩いたという炭鉱村、そして旅の締めはやはり超うんまい「太白タッカルビ」

前回のエントリーの続きです。

 

gashin-shoutan.hatenablog.com

  

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「太白中学徒兵記念館」を出て、元学徒兵の男性の乗用車に乗せていただきました。
その道の途中にあり、私がどうしても1か所だけ寄りたいとお願いしたのがこちらの「太白長省二重橋」。
日帝強占期の1935年に建設された石炭輸送用の施設で、上段は石炭輸送用鉄道が、下段は歩行者や自動車が通行できる二重構造となっています。一見して並列した別の橋のようにも見えますが、実は上段、下段とも同じ橋脚によって支えられています。2004年、登録文化財第111号に指定。
現在は上段の鉄道は廃止され、下段もすぐ隣に新たな道路橋である黔川橋(写真3枚目の右側の橋)がかけられており、ともに橋としての役目は終わっています。

太白長省二重橋(태백장성이중교:江原道太白市長省洞222。登録文化財第111号)

 

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ここまで来たついでと連れて行ってくださったのは、太白長省二重橋から車で2~3分の距離にある「最初石炭発見地塔」。ご覧の通り、炭鉱の竪坑櫓が塔のモチーフになっています。1926年、当時17歳の役場職員、張海龍(장해룡:チャン・ヘリョン)さんが太白で初めて石炭を発見したことを記念して、その場に立てられた塔です。発見から4年後の1930年には、ここ太白で本格的な石炭採掘が始まっています。
この塔がある黔川(クムチョン)洞は、かつて雨が降る度に川の水が黒く染まることからコムネ(黒い川の意)などと呼ばれていたそうですが、その原因はまさに地面に露出していた石炭であったわけです。
実はこちらも当初の訪問候補地のひとつに挙げていたのですが、近くを通る2番バスの本数が限られているため、どうしようか迷っていた場所でした。

最初石炭発見地塔(최초석탄발견지답:江原道太白市黔川洞山1-1)

 

そして目的地の上長(サンジャン)洞、Korail太白線の陸橋前に到着。元学徒兵の方と固い握手を交わしつつ下車します。どうかいつまでもお元気で。

 

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この陸橋から南西方向、かつての鉱山社宅街一帯には、一大壁画村である「上長洞壁画マウル」が展開されています。
「(上長洞)南部マウル」とも呼ばれるこの一帯は、近くにあった咸太(ハムテ)炭鉱の従業員をはじめとする鉱山労働者たちが暮らす代表的な鉱山社宅村であり、 最盛期にはその家族を含め約4,000人が居住していた町です。しかし1980年代末の石炭産業合理化政策に伴う閉山により、一人、また一人とこの町を去り、現在では最盛期の1/10程度の人々が残るばかりです。
このように日々衰退の一途にある中、石炭産業の華やかりし頃の思い出を記憶するとともに町おこしの一環として、これら社宅の壁面にかつての鉱夫たちの日常風景を描くとともに、当時の繁栄ぶりを説明する案内版をあちこちに設置しました。こうして生まれたのが「上長洞壁画マウル」であるわけです。 

 

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Korail太白線の陸橋(クルタリ)の基礎部に描かれた鉱夫の肖像。

 

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上長洞壁画マウルの案内地図と、壁画村として再生するまでの沿革。

 

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上長洞壁画マウルのあちこちで、これらの万ウォン札をくわえた犬の絵を見かけます。これは「マンボギ」(만복이)と呼ばれる犬で、炭鉱産業が栄えた当時「犬も万ウォン札をくわえて通る(ほどお金が有り余っている)」という伝説を元に描かれたもの。この犬を連れて帰れば「万福」(만복:マンボク)が得られるとの言い伝えから、ここ上長洞壁画マウルのマスコット的存在となっています。

 

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こちらはの豚さんは「ヘッテジ」 (햇돼지:新物の豚)という名前で、石炭産業が栄華を極めた当時、過酷な作業ゆえの高待遇に惹かれて全国各地から集まった新人の鉱夫を指した呼び名をそのままキャラクター化したものです。

 

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ここ上長洞壁画マウルの道沿いには、鉱夫やその家族たちの往時の暮らしを紹介する案内板があちこちに立てられており、石炭産業が栄華を極めた60~80年代当時の鉱山社宅村の活気をしのぶことができます。

 

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さまざまな壁画で彩られたかつての鉱山社宅群。

 

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f:id:gashin_shoutan:20170318205821j:plain作業中の鉱夫そのものをモチーフとした壁画の数々。

 

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「マクチャン」と呼ばれた坑道での過酷な労働と、炭鉱住宅での家族との暮らしという鉱夫の2つの日常をつなぐ象徴的なアイテムとしての「弁当箱」を、ここ上長洞の壁画でもよく見かけます。

 

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鉱夫と思しき男性と子どもの肖像。子でしょうか。孫でしょうか。それとも。

 

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高台の展望台から見渡した上長洞壁画マウル。
普通の民家に壁画が描かれた街ですので当然ながら観覧は24時間可ですが、これら旧鉱山社宅の多くには現在も人々が暮らしていますので、騒いだりすることなく観覧いただくことを願います。

上長洞壁画マウル(상장동벽화마을:江原道太白市上長南ギル(黄池洞)一帯)


ほぼすべての壁画を見回った後は、Korail太白線の陸橋のそばにある「クルタリサゴリ」(陸橋四又路の意)バス停からこの日4度目となる4番バスに乗り、「自由市場」バス停にて下車。一部区間は自家用車に乗せてもらったとはいえ、これで4番バスの路線に沿って太白市内をぐるっと一周したことになります。

 

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このバス停から南西方向へ徒歩3~4分程度歩いた場所にあるのが、前日夜に寄った「金書房ネタッカルビ」 とあわせて太白タッカルビの2大名店に数えられるお店、その名もずばり「太白タッカルビ」。
実はこちら、昨年(2016年)3月の初来訪時にも訪れた店ですが、あまりにも好みの味だったうえ、前日の金書房ネと食べ比べたいとの思いからまた来てしまいました。

 

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韓国の有名料理人、ペク・チョンウォン(백종원)さんがひとつの料理をテーマに全国の名店を3つ選んで紹介するSBSの人気番組『ペク・チョンウォンの3大天王』でも昨年春に取り上げられたようで、その様子のポスターが。

 

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そしてやって来たタッカルビ(写真は3人分) 。広く浅い鉄鍋(これも太白タッカルビの特徴)に真っ赤なスープ、そしてインパクト抜群のてんこ盛りの野菜。シュンギクや長ネギ、白菜など大半は「金書房ネタッカルビ」と共通ですが、こちらはミナリ(セリ)が入らず、代わりにネンイ(ナズナ)がたくさん入っています。
かつて太白は曲がりくねった峠道でしか外部と接続しておらず、現在は片道20分程度で行ける隣の三陟(サムチョク)や古汗(コハン)へも1時間以上を要したそうです。その環境下でタッカルビの具材として容易に入手できる野菜が求められた結果、太白山の麓で採れるネンイやミナリが具に入るようになったとされています。
ちなみにこちらのお店、ネンイのシーズンでない夏季には代わりにケンニッ(エゴマの葉)が入るとのこと。こちらも食べてみたいですね。
もちろん、太白タッカルビの特徴であるサリ(麺)が最初から投入されています。今回もウドンサリを選択。

 

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徐々に火が通り、野菜がしぼんでゆきます。あたりにはおいしそうな匂いが。まずは伝統にならってウドンサリから、続いてトックとジャガイモ、そしてメインの鶏肉へ。
うんまい。
他の料理では味わったのことのない特有のコクに、骨付き肉ならではの鶏のダシが効いたスープ。10ヵ月ぶりにありつけた大好きな味に、目尻が下がります。
前日の金書房ネタッカルビもおいしかったですが、個人的にはこちらの味が一層好み(太白タッカルビは店によって味の違いが大きいと言われています)。色の割に辛さも(金書房ネよりは)控えめというのも高ポイントです。

 

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あっという間にあらかたの具材を食べてしまったので、次はお楽しみのポックンパ。ポックンパを食べるまでがタッカルビです。これまた、うんまい。
(これらの写真のみ昨年3月に撮影したものです。この日は撮り忘れてしまいました(^_^;)

 

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そして、太白タッカルビのさらなる特徴というべき食後のサービス、シッケ(식혜:米を発酵させて作る韓国の甘い伝統飲料)。前日の「金書房ネタッカルビ」でも1杯いただきましたが、こちらはポットでの登場。あんまい。ポックンパを食べるまでがタッカルビ(太白・春川共通)ならば、このシッケを飲むまでが太白タッカルビといえるでしょう。

 

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1人分1万ウォン以上が一般的な春川タッカルビに比べ、リーズナブルなのも太白タッカルビの特徴。こちらのお店も1人分が7,000ウォンという安心価格でした。この日の会計は3人分&ウドンサリ&ポックンパ&ビール4本で36,000ウォン(約3,600円)。
「太白タッカルビ」の営業時間は11:00~21:00、不定休。こちらも「金書房ネタッカルビ」と同じく、太白駅や太白市外バスターミナルからは徒歩12~3分くらいの距離ですので(途中から反対方向)、歩いたほうが早いです。

太白タッカルビ(태백닭갈비:江原道太白市中央南1ギル10(黄池洞44-63))

 

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「太白タッカルビ」を出て、太白駅のコインロッカーに預けた荷物を回収し、19時20分発の東ソウル総合ターミナル行き市外バスで太白を後にします。
今回の太白(&古汗)の旅ではおよそ30時間(古汗を含めると約34時間)の滞在で、前回訪問時からの宿題だった古汗の「三炭アートマイン」の訪問&「太白石炭博物館」の満足ゆく観覧に加え、「太白山雪祭り」への参加、そして「倹龍沼」や「鉄岩炭鉱歴史村」などの主要観光地をひと通り巡ることができました。さらに前回のエントリーで紹介した「太白中学徒兵記念館」では、元学徒兵の方や職員の方々の親切に触れる予想外の出来事もありました。いまでも思い出す度に胸がいっぱいになります。
さらば太白、絶対また来るからな!


2017年1月の太白の旅は、今回で終了です。ありがとうございました。
次回からは、2017年2月の釜山の旅を紹介する予定です。

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