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主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

仁川の旅[201704_02] - 仁川旧市街の近代建築めぐり、博物館&実食のチャジャン麺三昧

前回のエントリーの続きです。

gashin-shoutan.hatenablog.com

ミョンウォルチッのキムチチゲを食べてお腹が膨れたところで、いよいよ街歩きをスタートします。
前回のエントリーでも書いたように仁川駅や駅前のチャイナタウンの一帯は仁川の旧市街であり、朝鮮時代末期から日帝強占期、西暦でいえば1880年代から1930年代にかけて建てられた近代建築の宝庫となっています。したがって少し歩くだけでいくつもの近代建築をはしごすることができるわけです。
以下、各近代建築の名称は韓国文化財庁または仁川広域市文化財名表記に基づくものであり、説明は主に韓国文化財庁ホームページの記述を参考としております。

 

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「仁川旧大和組事務所」。
1880年代末~90年代初頭築。こちらは仁川の日本租界地で唯一、韓国でも珍しい町家(店舗併設の住宅)造りの3階建て和風建築で、開港期から日帝強占期にかけて仁川港で漕運業(荷役業)を営んでいた日本人系の荷役会社「大和組」の建物だったものです。現在は1階にてカフェ「Cafe pot-R」が営業中。国指定登録文化財第567号。

仁川旧大和組事務所(인천 구 대화조 사무소:仁川広域市 中区 新浦路27番ギル 96-2 (官洞1街 17))

 

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「旧)仁川日本第一銀行支店」。
1899年築。日本人建築家の新家孝正(にいのみ・たかまさ:1857-1922)の設計により、全体的に後期ルネサンス様式を模して造られた建物です。建設に際し、砂利や石灰などを除くほとんどの建材を日本から運んできたとのこと。第一銀行は現在のみずほ銀行仁川広域市有形文化財第7号。

旧)仁川日本第一銀行支店(구)인천일본제일은행지점:仁川広域市 中区 新浦路23番ギル 89 (中央洞1街 9-2))

 

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「旧)仁川日本第18銀行支店」。
1890年築。当初は第十八国立銀行(1896年に株式会社十八銀行へ改称)の支店として建てられ、1936年には同支店の廃止に伴い朝鮮殖産銀行へ譲渡。光復(日本の敗戦による解放)後は韓国興業銀行の仁川支店やカフェなどを経て、現在は「仁川開港場近代建築展示館」として使用されています。次に紹介する「旧)日本第58銀行支店」と隣接。ちなみに十八銀行は現存します。本店がある長崎の方にとってはおなじみでしょう。仁川広域市有形文化財第50号。

旧)仁川日本第18銀行支店(구)인천일본제18은행지점:仁川広域市 中区 新浦路23番ギル 77 (中洞2街24-1))

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「旧)日本第58銀行支店」。
大阪に本店があった第五十八銀行(現みずほ銀行)の支店として建てられ、1892年開店。2階のバルコニーとドーマー(屋根についた窓)が特徴的なルネッサンス様式の建物です。光復後には朝興銀行仁川支店や大韓赤十字社京畿道支社として使用された後、現在は仁川市中区飲食業組合が使用。「旧)仁川日本第18銀行支店」と隣接。仁川広域市有形文化財第19号。

旧)日本第58銀行支店(구)일본제58은행지점:仁川広域市 中区 新浦路23番ギル 69-1 (中央洞2街 19-1))

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「旧日本郵船株式会社仁川支店」。
1888年築。仁川港開港からその海運業を独占していた日本郵船の支店建物。韓国に現存する近代建築でも古い部類に入るものであり、宗教施設や公共施設でない民間所有の建物としては稀有の存在とのことです。国指定登録文化財第248号。

旧日本郵船株式会社仁川支店(구 일본우선주식회사 인천지점 :仁川広域市 中区 済物梁路218番ギル 3 (海岸洞1街1-5))

 

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「仁川郵逓局」。
1924年築。仁川郵便局の建物として、当時流行していた折衷様式を簡素化して建てられたものです。1949年に仁川郵逓局へ改称、朝鮮戦争(1950~53)時に屋根の一部が破壊されたものの、その後改修されています。いまなお郵逓局(郵便局)として使用されていますが、仁川郵逓局は別の場所へ移転し、現在は「仁川中洞郵逓局」という名称になっています。仁川広域市有形文化財第8号。

仁川郵逓局(인천우체국:仁川広域市 中区 済物梁路 183 (港洞641))

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「仁川税関旧倉庫と付属棟」。
仁川税関の関連施設として100年以上前に建てられた煉瓦造りの建物で、仁川開港と近代税関行政の歴史を証明する港湾遺産となっています。こちらの建物だけはフェンスの中にあり、近づくことはできませんでした。ここと隣接する、昨年(2016年)に開業したばかりのKorail水仁線の新浦(シンポ)駅の地上出口は、これら煉瓦造りの建物と調和したデザインとなっています。国指定登録文化財第569号。

仁川税関旧倉庫と付属棟(인천 세관 구 창고와 부속동:仁川広域市 中区 港洞7街 1-47)

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「旧仁川海運株式会社仁川支店」。
1932年築。堂々たる4階建ての建物で、この規模の近代建築はここ仁川でも他に類を見ないとのこと。現在は財団法人鮮光文化財団の建物として使用されています。こちらは訪問(2017年4月)時点で国、仁川広域市いずれの文化財にも指定されておらず、偶然通りがかって知ったものです。

旧仁川海運株式会社仁川支店(구 인천해운주식회사 인천지점:仁川広域市 中区新浦路15番ギル 4 (中央洞4街 2))

 

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「内洞聖公会聖堂」。
1956年築。見晴らしのよい内洞(ネドン)の丘の上に建っています。元々は1890年に故ヨハン神父によってこの場所に建てられたカトリック教会ですが、朝鮮戦争(1950~53)で焼失したため、創建当時の基礎を補強代わりに「H」形鋼を用い再建したものです。なのでこちらの物件に限っては、近代建築という表現は該当しないかもしれません。仁川広域市有形文化財第51号。

内洞聖公会聖堂(내동 성공회 성당:仁川広域市 中区 開港45番ギル 21-32 (内洞 3))

 

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「旧)済物浦倶楽部」。
1901年築。当初は外国人の社交場「済物浦(チェムルポ)倶楽部」として建てられた2階建ての煉瓦の建物で、その後は日本帝国在郷軍人会や米軍将校クラブ、市議会など実にさまざまな用途を経て、2007年から現行のストーリーテリング博物館として運営。名称表記は「クラブ」(클럽:クルロッ)ではなく、日本式の「倶楽部」(구락부:クラップ)となっているところに注目。仁川広域市有形文化財第17号。

旧)済物浦倶楽部(구)제물포구락부:仁川広域市 中区 自由公園南路 25 (松鶴洞1街 11-1))

 

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「旧仁川府庁舎」。
1933年築。当時の仁川府(じんせんふ)の庁舎として建設されたモダニズム様式の建物で、光復後の1949年には名称変更により仁川市庁舎となり、そして1985年に仁川直轄市庁(当時)が新庁舎へ移転してからは中区(チュング)庁舎として用いられ、現在へと至ります。当初は2階建てでしたが、1964年に3階を増築。国指定登録文化財第249号。

旧仁川府庁舎(구 인천부 청사:仁川広域市 中区 新浦路27番ギル 80 (官洞1街 91))

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この「旧仁川府庁舎」、現在の仁川広域市中区庁舎の前には、日帝強占期の新築当時にこの界隈を往来していたであろう、人力車と人夫の銅像が建てられています。人夫の胸には、「人間のカ」という謎の文字が。人力車だからこうなったのでしょうか。面白いです。

 

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「仁川善隣洞共和春」。
1908年ごろ築。仁川港へやって来た中国人が料理店を開くため、ここ善隣洞(ソルリンドン)に建てた中庭型の中国式建物です。建設に携わった人々の中にははるばる山東省から呼び寄せた職人もいたとのこと。当初は貿易商たちに寝食を提供する場所でしたが、中国料理の人気上昇ともに飲食スペースが拡大していったそうです。この建物で1983年まで営業していた中国料理店「共和春」(공화춘:コンファチュン)は、中国の炸醤麺朝鮮人向けにアレンジした人気料理「チャジャン麺(ミョン)」(짜장면)の元祖とされ、伝説の存在となっています。国指定登録文化財第246号。

仁川善隣洞共和春(인천 선린동 공화춘:仁川広域市 中区 チャイナタウン路 56-14 (善隣洞 38-1))

 

以上、今回私が徒歩で巡った近代建築は全11件、内洞聖公会聖堂を除いても10件ですが、その所要時間はわずか1時間10分ほど。建物の外見を見て回るだけならば、1時間強でこれだけ多くの近代建築をはしごできるわけです。平均7~8分おきに目前に現れる近代建築。まさしく近代建築の宝庫。仁川すげえ。

念のため補足しておきますが、以上で紹介したような近代建築のうち日本人により建てられたもの、あるいは朝鮮半島のあちこちに残る日本家屋などは、その意図や役割にかかわらず日本による支配、収奪の一部であったことを決して見落としてはなりません。
私がこれらの近代建築を訪問したいと願うのは、そうした支配、収奪を「記憶」するものであり、そして光復後に朝鮮半島の人々が活用してきたことに価値があるからと考えているからで、それゆえに郷愁をも感じ得るものです。あくまで自分自身に対してですが、そうした事実を踏まえることを差し置いて郷愁を感じることは許されないとさえ考えています。

 

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タイルの壁画も色鮮やかな「仁川善隣洞共和春」の玄関部。こちらの建物には、現在は「チャジャン麺博物館」が入居しています。チャジャン麺の元祖たる共和春跡の用途として、これ以上ふさわしいものもないでしょう。
順路はまず2階から。玄関を入ってすぐ、建物の中央にある階段を登ります。

 

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1970年代から最近までの、市販の即席チャジャン麺(袋麺)の展示。これだけ見ても、いかに韓国でチャジャン麺が愛されているかが分かります。

 

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こちらは近年増えてきた、カップタイプのチャジャン麺の展示。一部は内容物まで展示されています。右上のロシア語らしき商品が気になりますね。

 

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共和春と思しき中国料理店でチャジャン麺を食べる家族。男の子の表情がすごい!

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チャジャン麺などを配達した料理店の岡持(おかもち)。韓国では一般に「鉄カバン」(철가방)と呼ばれています。かつては木製だったとのこと。

 

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1階は往年の「共和春」の厨房を再現した空間。
壁面にはチャジャン麺のレシピも。チャジャンソースは韓国食材店で入手できますので、韓国語の分かる方はチャレンジしてみてもよいかもしれません。

 

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現役当時の「共和春」の看板も展示されています。

こちら「チャジャン麺博物館」の開館時間は09:00~18:00、入館料は大人1,000ウォン(約100円)。展示パネルの日本語表記はタイトルだけですが、展示物は分かりやすいものが多いので楽しめると思います。この日は金曜日でしたが、私の直前には小学校(韓国では「初等学校」と呼ぶ)の児童たちの団体が訪れたりと終始にぎやかでした。

チャジャン麺博物館(짜장면박물관:仁川広域市 中区 チャイナタウン路 56-14 (善隣洞 38-1)。国指定登録文化財第246号)

チャジャン麺博物館を観覧したからには、お腹はすっかりチャジャン麺モード。しかもこの日は4月14日Twitterでは誰も突っ込んでくれなくてさみしかったです……)

 

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そんなわけで向かったのは、チャジャン麺博物館からわずか徒歩1分の距離にある中国料理店「新勝飯店」(シンスンバンジョム)。
開店20分前には到着。というのもこちらのお店、数あるチャイナタウンのチャジャン麺屋の中でも頭ひとつ飛び抜けた人気を誇り、11時10分の開店と同時にたちまち行列が形成されるため、開店10分前の11時ちょうどから待機票(整理券)を発行すると聞いたからです。よく見ると自動ドアの左上に「4人以下」「5人以上」それぞれの待機標番号の表示板がありますね。
実際、開店直前になると私を含め30名前後もの列が。どんだけ人気店ですか。

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11時ちょうどから待機票順に入店可能ですが、10分になるまで注文は取りに来ません。もちろんすでに満席です。
今回注文したのは、こちらのお店で一番人気という「ユニチャジャン麺」(유니짜장면:肉末炸醤麺)。「ユニ」とは豚挽き肉を意味する中国語「肉泥」の山東方言に由来し、豚肉や野菜を細かく挽いてチャジャンソースに混ぜたものを指すとのこと。そのため通常のチャジャン麺よりもなめらかで香ばしい味とされています。
基本は8,000ウォン(約800円)ですが、今回は迷わずコッペギ(곱배기:大盛)9,000ウォンを注文。朝食からまだ3時間弱なのに近代建築巡りでお腹はすっかりペコペコです。

 

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そして出てきたユニチャジャン麺。好みで味を調節しながら自分で混ぜ混ぜして食べられるよう、一般的なチャジャン麺とは異なりソースと麺がセパレートになって出てきます。麺の上には目玉焼きも。

 

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混ぜ混ぜして実食。安いチャジャン麺にありがちな粉っぽさが全くなく、上品な味に仕上がっています。ほどよい甘さの中に軽やかなビター風味が。うんまい。往年の「共和春」のチャジャン麺もこんな味だったのでしょうか。
「新勝飯店」の営業時間は11:10~21:00(ラストオーダー20:30)。今回食べたユニチャジャン麺のほか、通常のチャジャン麺(普通5,000ウォン、コッペギ6,000ウォン)もあります。前述したように開店10分前(11:00)から、店内に入ってすぐ左側の発券機にて待機票を配布します。並ばずに食べたい方はこちらをお忘れなく(といっても待機票のために並ぶのですが.......)
新勝飯店(신승반점:仁川広域市 中区 チャイナタウン路44番ギル 31-3 (北城洞2街 11-32))

再びお腹も膨れたところで、次の目的地であるソウルへ移動。
荷物を回収し、地下鉄1号線の電車へと乗り込むのでした.....

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