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主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

ソウルの旅[201705_12] - 焚身した労働烈士を記念する「全泰壱橋」、そして鍾路のうんまいもの巡り

前回のエントリーの続きです。

韓国・光州(クァンジュ)広域市を中心に巡った旅の3日目(2017年5月22日(月))です。

 

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終点の龍山(ヨンサン)駅でKTXを下車、首都圏電鉄(地下鉄)1号線に乗り換えて鍾路3街(チョンノサムガ)駅に到着。情感あふれる酒場が無数にあって大好きな街です。タプコル公園近くの定宿にチェックイン。
時刻はすでに午後6時。どこかへ足を伸ばすには遅い時間ですので、今回は鍾路界隈の散歩に徹することにしました。地下には首都圏電鉄1号線も走るメインストリート、鍾路に沿って東へ向かいます(写真は西向きですが……)

 

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鍾路5街(オーガ)、ご存じ広蔵市場(クァンジャンシジャン)。大好きで何度も訪れている場所です。

 

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ユッケやピンデトック(緑豆チヂミ)などの名物で知られるこの市場、アーケード街の中央には無数の飲食屋台が果てしなく並び、終日賑わっています。2本のアーケードが交差するこの地点の写真は見覚えのある方も少なくないことでしょう。実際目の当たりにするともうすごすぎて、思わず笑いが出てしまいます。
ここでピンデトックで一杯引っ掛けたいところですが、今回はがまんしてさらに進みます。
ここからは少し南へ下り、公園化された清渓川(チョンゲチョン)沿いに歩きます。

 

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さらに歩いて、東大門(トンデムン)へやって来ました。
東大門といえばやはり東大門市場。その東大門市場を構成する複数の市場のひとつであり、衣料品を主に扱う平和(ピョンファ)市場のそばを流れる清渓川に、写真の橋がかけられています(この写真に限り2016年8月に撮影)

 

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ポドゥル橋、またの名を「全泰壱橋」。
1970年11月13日、劣悪な労働環境の改善を訴え平和市場の前にて焚身(焼身)し亡くなった労働者、全泰壱(전태일:チョン・テイル、1948-1970)烈士を記念する橋であり、中央には烈士の像が建てられています。
 

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全泰壱烈士は1948年8月26日、現在の大邱(テグ)広域市生まれ。2年後の朝鮮戦争勃発に伴い釜山へ避難した後、烈士の一家は1954年にソウルへ転居。このとき烈士は南大門(ナムデムン)の学校に通いつつ、新聞配達などで貧しい家計を助けます。
62年に生まれ故郷の大邱へ移り、翌63年にはチョンオク高等公民学校に通うものの家庭の事情により1年弱で退学、64年には再びソウルに戻ります。写真は昨年(2016年)10月の大邱訪問の際に撮影したもので、1枚目は中区(チュング)東山洞(トンサンドン)の全泰壱烈士の生家跡にある「全泰壱公園」、2枚目は同区南山洞(ナムサンドン)、烈士のチョンオク高等公民学校時代の住居跡です。残念ながら、いずれもその名称や事実を示す表示板はありませんでした。[参考記事]

 

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ソウルに戻った全泰壱烈士は1965年に研修工として平和市場の衣料商に就職し、転職を経て67年には裁断士となります。そうした中、1日約14時間労働に休日月2日という劣悪な条件、さらに低賃金で搾取されていた10代の女性工員たちに接し、平和市場初の労働運動組織「バボ会」を創立。自身も知ったばかりの「勤労基準法」(日本の「労働基準法」に相当)をそれら女性工員たちに知らしめる活動に取り組みますが、69年にはそうした活動を理由に職を追われます。このエピソードひとつ取っても、当時の韓国低所得層の労働環境がいかに劣悪であったかが実によく分かります。
その後平和市場に戻った全泰壱烈士は、労働の実態を市や労働庁などに訴えるべく1970年9月に「サムドン親睦会」を結成。平和市場の労働者へのアンケートをもとに、10月には陳情書をまとめ上げて労働庁に提出します。この提出が報道されたこともあり、労働庁は「労働条件は改善された」と公式発表をしましたが、実情は何ひとつ変化はありませんでした。

 

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そして運命の1970年11月13日、全泰壱烈士は平和市場前で勤労基準法の「火刑式」を挙行。「勤労基準法を遵守せよ」「我々は機械ではない」と叫ぶとガソリンを浴び、着火。「勤労基準法を遵守し、私の死を無駄にするな」との遺言を残し、その日の夜に22年の短い生涯を終えました。
この事件は当時の韓国社会に大きな波紋を投じ、労働者たちに労働運動を通じた権利闘争を呼び覚ますとともに、それまで労働問題に無関心だった知識人たちの目を向けさせる契機にもなりました。

 

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全泰壱烈士の死後、その母である李小仙(이소선:イ・ソソン、1929-2011)烈士は息子の遺志を継いで清渓被服労働組合の結成を指導。自ら労働運動の最前線に飛び込み、労働運動家たちを世話したことなどから「労働者の母」と呼ばれています。李小仙烈士については、ソウル・独立門(トンニンムン)の「西大門刑務所歴史館」を紹介したこちらのエントリーでも触れていますので、あわせてご一読いただけますと幸いです(パネルの写真も西大門刑務所歴史館にて撮影)

ソウル特別市は先日、ここ全泰壱橋から1.5kmほど離れた寛水洞(クァンスドン)に国内初の「全泰壱記念館」を来年(2018年)中にオープンすると発表しました。その際には必ずや訪問するつもりです。そして、京畿道(キョンギド)南楊州(ナミャンジュ)市の牡丹(モラン)公園の墓地で並んで永遠の眠りにつく、全泰壱・李小仙両烈士の墓にも。 

全泰壱橋(ポドゥル橋)(전태일다리(버들다리):ソウル特別市 鍾路区 鍾路5街 411-1)

 

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全泰壱橋から歩いて3分ほどのこちらの建物は「現代シティアウトレットモール東大門店」という商業施設です。

 

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こちらの建物は1996年、韓国初の政府指定試験卸売センター「居平(コピョン)フレヤ」としてオープン。開業当初は好調でしたが、通貨危機の影響による親会社の不渡りに加え、近隣に登場した「ミリオレ」や「Doota!」など後発組に押され徐々にフロアを縮小。1999年には「フレヤタウン」、2005年には「ファッションバレーチョンデムン」、2008年には「ケレスター」(写真は2011年に撮影したケレスター時代)など何度も改名を繰り返しつつも、2013年にはついに閉店。その後数年の閉鎖期間を経て、昨年年(2016年)春に現代シティアウトレットモールとして開業してからは安定した客足が続いているようです。経営者は異なるとはいえ、居平フレヤやフレヤタウン時代には何度か利用したことのある施設だけにほっとしています。

 

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そんな現代シティアウトレットモールの目玉であり、全国各地の名店の入居などで話題となった地下2階の飲食モール。その中でも特に注目の的となったのが、今回の目的地「イエローカフェ」です。
1974年の発売以来、韓国の人々に愛され続ける飲料「バナナ味牛乳」(바나나맛우유)、通称「バナナウユ」のコンセプトショップであるこちらのお店、すでに訪問済みという方もいらっしゃることでしょう。玄関横には巨大なバナナウユ、黄色で統一された店内にもあちこちにバナナウユの意匠が。

 

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今回注文したのはバナナラテ4,500ウォン(約450円)。おいしかったです。こちらのお店ではキーホルダーなどバナナウユのオリジナルグッズも販売されています(個人的にはバナナウユ以上に大好きなメロンウユももっと扱ってほしいところですが……)
イエローカフェ(옐로우카페:ソウル特別市 鍾路区 将忠壇路13キル 20 (乙支路6街 17-2) 現代シティアウトレットモール東大門店地下2階)

 

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そろそろお腹がすいてきたので、地下鉄で鍾路3街に戻ります。この時間になると路上にはたくさんの屋台が。以前に一度利用したことがありますが独特の雰囲気があって楽しいです。
さていよいよお待ちかねの夕食。ここ鍾路3街界隈は行きたい店の候補がたくさんあるので毎回迷ってしまいます。

 

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悩んだあげくやって来たのは、一見して飲食店とは思えないたたずまいのこちらのお店「ソウル食品」。鄭銀淑さんの著書『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』に掲載されていた店で、ずっと気になっていたところです。

 

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こちらのお店は主に食品や雑貨を扱いつつ、その一角でお酒とおつまみを出してくれるという、俗に「シュポ」(슈퍼:スーパー)と呼ばれる個人商店です。そのため写真のようにカップ麺やスナック菓子に囲まれてお酒を飲むという奇妙な体験ができます。

 

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2つしかテーブルのない店内にはすでに1組の先客が。職場帰りと思しき男性たちが食べていたナクチ(낚지:テナガダコ)刺があまりにおいしそうだったので同じものを注文。ごま油ベースのダシが絶妙にマッチしてうんまい。こちらのお店ではジョッキの生ビールが飲めます。

 

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続いて『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』でも紹介されていた茹でソラ(소라:サザエ)。こちらもうんまい。やや苦い肝もいいアクセントです。

 

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そして最後にクルジョン(굴전:カキのチヂミ)の「小」。ジョンとは言ってもカキ1粒ずつを衣で包んだものです。そろそろお腹もたまってきた頃合いで、まあ小だし6,000ウォン(約600円)だし大した量ではないだろうと高をくくっていたら、出てきたのはこの量だという。しかしこれがまたうまいのなんの。マッコリとの相性が抜群で、あっという間に完食。

 

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以上、料理3皿に生ビール3杯とマッコリ1本を飲んで料金はなんと34,000ウォン(約3,400円)というびっくり価格。酒類はソジュ(焼酎)を含めいずれも2,000ウォンという超破格値だからこその安さです。

こちらのお店「ソウル食品」の営業時間は午前8時30分~午後10時、日曜定休。首都圏電鉄(地下鉄)1号線「鍾路3街」駅15番出口から徒歩約2分(約150m)同3号線「乙支路3街」(ウルチロサムガ)駅4番出口からだと徒歩約4分(約250m)。店内の席が埋まっても露天席が用意されるようです。個人的に強くおすすめのお店です。近くまた行こうと思います。 

ソウル食品(서울식품:ソウル特別市 鍾路区 鍾路18キル 32 (寛水洞 102-1))

 

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この日はあまり深酒せずに、締めの冷麺へ。
鍾路から明洞にかけては冷麺の名店と呼ばれる店が点在しているものの、いずれも午後10時台までにはほとんど閉まってしまいます。そうした中で写真のお店「クテグチッ」は24時間営業、しかも冷麺がおいしいので、鍾路3街で飲む際にはいつも締めに通っています。
今回はピビン冷麺を注文。おいしいうえに麺をすするのを止めると容赦ない辛さが口中を襲うので一気に食べ尽くしてしまいます。 

クテグチッ(그때그집:ソウル特別市 鍾路区 水標路 123 (楽園洞 227))

 

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帰り道、妖しげな光を放つ楽園商街(ナグォンサンガ)の建物。

 

明けて旅の4日目、5月23日(火)。
この日は仁川発15時台のチェジュ航空で帰国予定。ソウル駅地下の空港鉄道乗り場、出国審査も受けられる「ソウル駅都心空港ターミナル」には出発3時間前までに荷物を預ければよいので、若干余裕があります。

 

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そんなわけでこの日の朝も鍾路界隈の散歩がてら、朝食目当ての店へ歩いて向かうことにしました。5月下旬、午前7時のソウルは気持ちよい涼しさです。写真はユネスコ世界文化遺産にも指定されている宗廟(チョンミョ)西側の塀沿いの小道、西巡邏ギル(서순라길:ソスルラキル)。とてもいい感じです。

 

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宗廟の北側、栗谷路(ユルゴンノ)という道路沿いにはこんな洞門もありました。

 

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首都圏電鉄(地下鉄)4号線「恵化」(フェファ)駅までやって来ました。ソウル大学校の蓮建(ヨンゴン)キャンパスに近いことから一般に「大学路」(テハンノ)と呼ばれる一帯です。実は18回目のソウル訪問にして初めて来ました(たぶん)。

 

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その大学路付近に店を構える、この日の朝食目当てのお店「スンデ実録(シルロク)」。
その名の通りスンデ(韓国式腸詰め)の専門店ですが、他に類を見ない特異なメニュー、しかも私が韓旅関連でチェックしている方々の評判も総じてよく、この日の朝食とした次第です。
今回は名物の「スンデステーキ」、14,000ウォン(約1,400円)を注文。

 

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そしてやって来たスンデステーキ。鉄板の上にはインパクト抜群のぶっといスンデ。意外と硬めの皮を適宜ナイフで切って食べます。
豚肉メインと思しき中身は日本の餃子のそれに近い風味ですが、いい具合に肉汁に浸っています。加えてパリパリした皮(腸)の歯応えと香りが絶妙。うんまい、そして白いごはんが欲しくなる味。すかさず1,000ウォンのコンギパッ(白米)を注文。スンデを先に切っておいて一緒に食べると幸せな気分になれます。

 

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メニュー表を見ると「伝統スンデ」や「スンデジョンゴル」、「1877シュンデ」など同じスンデでもさまざまなラインナップが。徹底したスンデへのこだわりが感じられます。今度は夜に訪問して、お酒を飲みながらいろんなスンデを味わってみたいものです。
こちらのお店「スンデ実録」は前述の通り24時間営業、年中無休。首都圏電鉄(地下鉄)4号線「恵化」駅1番出ロから徒歩約2分(約160m)です。 

スンデ実録(순대실록:ソウル特別市 鍾路区 東崇洞キル 127 (東崇洞 1-41)) [HP]

 

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スンデ実録を出て大学路を南下、前日も訪問した広蔵市場へ。まだ午前8時台なのでほとんどの店は閉まっていますが、目当ての店はすでに営業しています

 

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広蔵市場の奥深く、通路の中央にあるこちらのお店「モニョキムパッ1号店」の名物、その名も「麻薬(マヤク)キムパッ」、1人分2,500ウォン(約250円)。物騒なネーミングは一度食べるとやみつきになるとの意味で、他にも「麻薬パン」「麻薬トッポッキ」など韓国ではよく用いられる宣伝文句です。その名に違わずおいしいので自分用の土産として何度も購入しています。

 

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家に帰って1人分のパックを開いた写真。容器の形が残るほどキムパッがぎっしり。具に食肉を使用していないので検疫を気にせず日本に持ち帰ることができます。小袋は特製のつけダレで、カラシが効いてまたうんまいのです。

 

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こちらのお店「モニョキムパッ1号店」の営業時間は午前6時30分~午後8時、日曜日と名節(旧正月、秋夕)の当日と翌日は休みです。
最近は迷わずたどり着けるようになりましたが、市場の奥の分かりづらい場所にあるため簡単に紹介したいと思います。
首都圏電鉄(地下鉄)1号線「鍾路5街」駅から地下街を西(鍾路3街方面)へ進み、11番出口を出てすぐのところにある広蔵市場の広いアーケード入口(北1門)を入り、50mほど直進すると大きな衣類の積まれた陳列台が真ん中に並ぶ道と交差するので(写真1枚目。早朝なので陳列台の衣類は袋に入っています)、ここを右折します。この陳列台のある道を進むと、陳列台が途切れたあたりに店舗が現れます(写真2枚目)。この「31호(号)」と書かれたお店(写真3枚目)がモニョキムパッ1号店です。

モニョキムパッ1号店(모녀김밥:ソウル特別市 鍾路区 昌慶宮路 88 (礼智洞 2-1))

 

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時間が迫って来ましたが、もう1か所だけ行きたい場所が。
やって来たのはホテルからも近い益善洞(イクソンドン)。この街の一角、韓屋(한옥:ハノク)韓国/朝鮮様式の住宅)が立ち並ぶ「益善洞韓屋マウル」を訪問するためです。

 

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かつて益善洞166番地と呼ばれたこの一帯は1920年代初頭、朝鮮初の不動産開発業者とされる鄭世権(정세권:チョン・セグォン、1888-1965)氏により、韓屋が密集して建てられた場所です。同じく鄭世権氏が宅地開発を手がけた嘉会洞(カフェドン)31番地、現在は「北村(プクチョン)韓屋マウル」として知られる場所に先駆けて開発が始まったことから、益善洞は現存するソウル最古の韓屋マウルとされています。
嘉会洞には地主など富裕層向けの屋敷が建てられた一方、ここ益善洞には主に庶民向けの小型韓屋が建てられました。これらは狭い土地面積を有効活用できるよう「ロ」の字や「コ」の字形をし、また当時普及し始めた水道や電気にも対応していたことなどから「改良韓屋」と呼ばれています。
一時は再開発計画が持ち上がったものの、海外からの観光客増とこれに伴う商業エリアの拡大などもあって、現在もその姿をとどめています。

 

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手の入った韓屋と古めかしいままの韓屋が混在して建ち並ぶ風景、とてもよい雰囲気です。

 

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中には写真のように間口を解放し、内部立ち入り可の韓屋も。

 

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近年はおしゃれな飲食店やカフェなども多数開業し、一大観光スポットとなっています。首都圏電鉄(地下鉄)5号線「鍾路3街」駅4番出口からわずか徒歩1分という交通至便さも功を奏していることでしょう。とはいえ多くの方が生活されている地域ですので、ご訪問の際はお静かに観覧いただくようお願いいたします。

益善洞韓屋マウル(익선동 한옥마을:ソウル特別市 鍾路区 水標路28キル (益善洞)一帯)

 

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ホテルをチェックアウトしてソウル駅へ。都心空港ターミナルにて荷物を預け、最後にやって来たのは同駅の新名所「ソウル路7017」。

 

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ソウル駅をまたいで1970年に開通した自動車専用道「ソウル駅高架車道」を廃止し、歩行者専用の橋上公園に改装したもので、この日の3日前(5月20日)にオープンしたばかりの場所です。ネーミングの「7017」の由来は、70年開通の道路を17年にリニューアルしたから。高架橋そのものが観光スポットであるほか、新たに連結された周囲の建物や近隣地域への近道としても機能します。

 

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オープン4日目のこの日も多くの観光客が訪れていました。高架橋の上には植樹や池なども。写真はありませんが軽食のお店も設置されていました。

 

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ソウル駅の西側、空港鉄道の乗り場に近い15番出口とも連絡しています。

 

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いままで見たことのない角度からソウル駅旧駅舎(文化駅ソウル284)が撮影できます。

 

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わざと路面に穴を開けてガラスをはめ込み、下の地面や線路が見えるようにしているポイントも。

 

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無数の履物が積まれた「Shoes Tree」というアート作品(現在は撤去済み)。埋もれてしまった銅像の姜宇奎(강우규:カン・ウギュ、1855-1920)義士もさぞびっくりしたことでしょう。

 

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「ソウル路7017」は24時間年中無休で解放、公共の通路ですので利用料もありません。エレベーターもありますので車椅子やベビーカーの方も利用できます(この日は間に合っていませんでしたが……)。夜はライトアップされて、また別の楽しみ方ができるようです。 

ソウル路7017(서울로7017:ソウル特別市 中区 退渓路 (南大門路5街)一帯) [HP]

この後は空港鉄道で仁川国際空港へ移動、帰国の途に着いたのでした。

2017年5月の光州(&羅州・ソウル)の旅は、今回で終了となります。お読みいただきありがとうございました。
次回からは、2017年6月の大邱の旅をお送りします。

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