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主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

光州の旅[201710_01] - 日本語表記もふんだんな光州地下鉄に大仁市場の山盛りスンデ、楊林洞の夜散策

今回からは、昨年(2017年)10月27日(金)から同月30日(月)にかけての光州(クァンジュ)広域市、全羅南道(チョルラナムド)などの旅をお届けします。

光州広域市については、本ブログでは地域別だと現時点で最も多く紹介している(今回で17回目)街なのですっかりおなじみかとは思いますが(だといいな)、念のために改めて簡単に紹介したいと思います。
光州広域市とは、韓国(朝鮮半島南部)の南西部、湖南(ホナム)地方とも呼ばれる全羅道全羅北道(チョルラブット)と全羅両道の総称)のうち全羅南道エリアの北寄りに位置する、人口約150万人の大都市です(行政上は全羅南道から独立)。1980年5月に発生した、国軍(戒厳軍)による市民の虐殺とこれに敢然と立ち向かった光州市民たちの10日間にわたる抗争「5.18民主化運動」(5.18民衆抗争、光州事件)の現場としてご存じの方も多いことでしょう。

 

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現在の全羅南道エリアにおける行政の中心は長らく羅州(ナジュ)市(光州広域市の南西に位置する古都。こちらのエントリーにて紹介)が担ってきましたが、朝鮮時代末期の1896年に観察府が羅州から光州へ移転、そのまま光州が道庁所在地となったことで、以後は光州が全羅南道の中心地として発展するようになりました。写真は光州広域市東区(トング)、5.18民主化運動における市民軍の最終抗戦地にもなった1930年築の「旧全羅南道庁本館」(国家指定登録文化財第16号)です。
現在は自国の負の歴史である5.18民主化運動の記憶や史跡の保存など、韓国における民主主義の発信地としての機能を維持するほか、「光州ビエンナーレ」に代表される芸術文化の発信都市としても知られています。

光州は全羅南道における交通の要衝としても発展しており、道内各地への高速バス・市外バスが多数発着していることから、今回の全羅南道の旅における拠点とすることにしました。

 

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今回はチェジュ航空で仁川入り。往路での利用は同年1月の江原道(カンウォンド)・太白(テベク)の旅以来です。

 

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仁川空港にはソウル駅へ行く空港鉄道「A′REX」の駅が併設されていますが、この当時はKTX韓国高速鉄道)の車両が空港鉄道に乗り入れていましたので、仁川空港から乗換なしで全国各地の主要駅へ行くことができました。このとき、ちょうどいい接続で仁川空港駅を発つ木浦(モクポ)行き湖南線(ホナムソン)KTX列車番号523)があったので、今回はこれに乗って仁川空港から光州松汀(ソンジョン)駅へ直行。写真は当時の「仁川空港」駅に停車していたKTX-山川(サンチョン)。
なお、KTXの空港鉄道乗り入れは本エントリー執筆時点(2018年4月)では休止されています。また休止の少し前の本年(2018年)1月には「仁川空港第2ターミナル」駅開業により「仁川空港第1ターミナル」駅と改称されるとともにKTXの起点・終点ではなくなりましたので、今後もし乗り入れを再開したとしても、同駅でこうしてゆっくりと停車中の写真を撮ることはできなくなってしまいました。

 

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KTX-山川の車内にある液晶モニタ。出発前、あるいは停車駅への到着前には写真のような日本語を含む韓英中日の4か国語表記による案内がなされます。

 

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仁川空港駅を出て3時間弱で光州松汀駅に到着。こう書くと時間がかかっているように思えますが、ソウル駅からだと2時間06分、龍山(ヨンサン)駅なら2時間を切る1時間56分。ソウルからだと遠いイメージがある光州も実はすぐ近くなのです。5月の訪問以来、5ヵ月ぶりの光州です。

 

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KORAIL光州松汀駅前のエスカレーターを下ると、すぐに都市鉄道(地下鉄)1号線「光州松汀」駅があります。写真は同駅構内のコインロッカー。キャリーバッグが入る大サイズもあります。

 

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光州松汀駅からは都市鉄道(地下鉄)1号線に乗車。光州の地下鉄は現時点で1路線のみですが、駅や車両内における日本語を含む多国語表記はソウルや釜山に匹敵するレベルで充実しています。写真はそれら多国語表記の数々。

 

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写真は同年(2017年)5月に撮影した光州の市内バス。なんと正面の行先表示にまで日本語表記が。こうした市内バスでの韓英中日のローテーション表示は、光州のほか釜山などでも採用されています。
私は英文もハングルもー応は読むことができますが、やはり母語たる日本語表記の視認性の高さにはかなわないですし、その意味で日本語表記には幾度となく助けられています。昨年(2017年)には過去最高となる年間700万人に達した訪日韓国人の方々もきっと同じ思いでしょう。
その一方で日本ではこうした交通機関のハングル表記の排除を願う人々の主張が支持されており、ごく短時間のローテーション表示を切り取ってハングル表記が日本人への案内を阻害するかのように装い、その排除を主張するツイートも都度数千RTもなされ、「数の力」だけで説得力を増しています。こうした本来一顧だにする価値のない主張が対韓国だとあたかも一意見のような扱いをされるのが日本であり、その意味で日本は未成熟かつ退行を好む社会だという事実を強く強く痛感させられます。私は断固抗います。

 

「農城」(ノンソン)駅で下車し、駅近くのホテルにチェックイン。荷物を置いて再び外へ出ます。
ホテル近くのバス停を見ると、たまたま次の目的地へ向かうバスがやって来たので、すかさず乗車。こういうの好きです。

 

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そしてやって来たのは在来市場、「大仁市場」(대인시장:テインシジャン)。光州最大の在来市場とされる西区(ソグ)の良洞(ヤンドン)市場(こちらのエントリーにて紹介)に次ぐ規模を誇り、1980年の5.18民主化運動では良洞市場などと同じく、商人たちが自ら握ったチュモッパッ(おにぎり)やキムパッ(海苔巻き)をはじめ各種物資を市民軍たちに無償で提供するなど「大同精神」(助け合い、分かち合いの精神)が発揮された場所でもあります。
また近年では市場再活性化のための独自の取り組みとして、空き店舗のスペースをアーティストたちにアトリエとして提供、市場内での創作活動を通じて共生を図ろうというプロジェクトを進行し、その取り組みから「大仁芸術(イェスル)市場」との別名を持っています。さらに最近では釜山の富平(プピョン)カントン市場が火付け役となり全国に拡大した「夜市場(ヤシジャン)」も毎週土曜に開催しています(訪問当日は金曜のため開催なし)。
これまで光州では良洞市場のほか、1913松汀駅(ソンジョンヨク)・南光州(ナムグァンジュ)・マルバウの各在来市場を訪問したことがありますが、大仁市場は今回が初めての訪問となります。

 

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大仁市場の東門(トンムン)タリ入口寄り、フェッチッ(횟집:「刺身店」の意)が集まる一角。

 

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この訪問の少し前、韓国では殺虫剤が混入した鶏卵の流通が社会問題となっており、一時的に鶏卵が店頭から姿を消したことがありました。写真はそのことへの啓発を期した懸垂幕。

 

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この日の夕食目当てのお店はこの大仁市場内、「クッパッコリ」(국밥거리:「クッパ横丁」の意)と呼ばれる一帯にある「羅州食堂(ナジュシクタン)」。市場で働く人々の胃袋を預かる人気店です。

 

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こちらのお店、本ブログにて以前にも紹介したことのあるSBSテレビの人気番組『ぺク・チョンウォンの3大天王』(백종원의 3대천왕)にも登場したことがあり、壁にはその取材の様子を示すパネルがありました。

 

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入店時点では満席だったので少し待ってから席に着きます。目当ての料理をどう注文すればよいのか分からなかったので(理由は後述します)、まずはビールだけを頼んだら、ビールよりも先に写真のボウルに入ったスープとパンチャン(おかず)一式がやって来ました。
こちらのスープは「クッパ(普通)」、7,000ウォン(約730円:当時)。単品メニューにもあるマクチャン(막창:日本でいう「ギアラ」)やセッキボ(새끼보:同「コブクロ」)、モリコギ(머리고기:頭の肉)などの豚ホルモンが、スープの上に顔を出すほど大量にごろごろ入っています。これで「普通」なのですから、1,000ウォンアップの「特」は一体どれだけの量が入っているのでしょう。
まずはスープを口に含みます。おいしい。豚ホルモンも新鮮らしくシコシコしています。ご飯は別添。

 

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これで終わりかと思いきや、続いて出てきたのが写真の「スンデ」(순대:韓国風腸詰め)盛り合わせ。実はこのスンデ、こちらのお店で料理を注文するとついて来るパンチャンであり、無料です。つまり一般的な韓国の飲食店で出てくるサービスのキムチや小鉢などと同じ。それでこの量。もはやクッパとどちらがメインディッシュか分かりません。パンチャンが当たり前の韓国の人にとっても衝撃的なようで、「광주 나주식당」(光州 羅州食堂)で画像検索するとクッパなどのメニューよりもこのスンデの方がたくさん出てきます。
かく言う私も実はこのスンデこそが今回いちばんの目的でしたが、事前に同店の食レポを見てでさえこの量がサービスだとは思えず、しかもメニュー表には「スンデ」単品があったので、入店直後にどう注文すべきか迷った次第です。店員さんが指示なしにクッパを持ってきたのは、私のような来客に慣れているからかもしれません。
こちらのお店のスンデには生のプチュ(부추:ニラ)、そして謎の茶色い粉が振りかけられています。検索すると韓国ではポピュラーな「トゥルケ」(들깨:エゴマの実を摺ったもの)らしいのですが、それにしては色が濃すぎるような。炒りトゥルケなのでしょうか。

 

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クッパに続いて、スンデをばくり。うんまい。ビールによく合います。トゥルケらしき茶色い粉も香ばしくてよいアクセントです。スンデの下に隠れた、クッパの具と同じ豚ホルモンもあわせて食べ進めます。いずれもそのまま食べるほか、酢コチュジャンに付けてもおいしく召し上がれます。

 

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そうしてまずはスンデ盛り合わせを完食。一般的なパンチャンと同じく、おかわり(もちろん無料)の要否を尋ねられます。まだクッパが残っていたので断ったつもりでしたが、払の拙い韓国語のせいか2皿目のスンデが堂々登場。計算外でしたが、こうなると食べずにはいられない性分です。来店直後にビールの登場が遅れたこともあり、結局クッパは完食ならず。注文したメニューは原則完食をモットーとする私にとっては痛恨のダメージです……。
とはいえ量はもちろん味も大満足、そのうえ代金はビール(4,000ウォン)×4本とクッパ(7,000ウォン)で合計23,000ウォン(約2,400円:当時)だったという。なにこの店すごい。クッパのリベンジも含め、絶対また来ます。

 

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こちらのお店「羅州食堂」の営業時間は午前10時~午後10時、日曜定休。都市鉄道(地下鉄)1号線「錦南路4街(クムナムノサーガ)」駅4番出口からだと徒歩約10分(約640m)。同出口を出て中央路(チュンアンノ)を北東に進み、左手にある大仁市場の東門タリ入口(写真)を左折、アーケード内を直進するとまもなく右手に見えてまいります。他の方の食レポによると、食べ切れなかったスンデはポジャン(포장:包装。ここでは「折り詰めによるテイクアウト」の意)してもらえるようです。

羅州食堂(나주식당:光州広域市 東区 東渓川路53番キル 2 (大仁洞 307-38))

 

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中央路を下り、路面のすべてが5.18民主化運動の史跡である大通り、錦南路(クムナムノ)との交差点の脇の公園にあった「長馬跳び」をする子どもたちの人形。韓国では「マルタギノリ」(말타기 놀이:「馬乗り遊び」の意)と呼ぶそうです。

 

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さらに中央路を進むと、光州随一の繁華街である忠壮路(チュンジャンノ)の入口ゲートが左手に現れます。忠壮路にやって来たのは光州訪問3度目にして初めて。

 

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さすがは150万都市の繁華街だけあって、午後10時を過ぎても人足が途絶えません。飲食店以外を含め、道路沿いの店舗も大半が営業中です。それと忠壮路には街中のいたるところにコンビニ「ミニストップ」がありました。交差点のはす向かいにミニストップ同士対面している店舗も。コンビニの全国シェアでは10分の1にも満たないはずなのに、光州と全羅南道でのミニストップ遭遇率は異様に高いです。

 

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忠壮路にあった「lZAKAYA」の数々。日本の「居酒屋」どんだけ愛されてるんですか。

 

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忠壮路を抜けて、地下鉄1号線が地下を走る大通り、霽峰路(チェボンノ)沿いを南東に向かって歩きます。
霽峰路の道すがらにあった「全南(チョンナム)大学校病院」、5.18民主化運動の史跡9号であることを示す丸い碑石。

 

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霽峰路をさらに南東へ進み、この年の5月にも訪れた在来市場「南光州市場」(남광주시장:ナムグァンジュシジャン)の夜市場「南光州夜汽車夜市場」(남광주밤기차야시장:ナムグァンジュ・パムキチャ・ヤシジャン)へ。こちらは大仁市場とは異なり毎週金・土曜開催(午後6時30分~同11時)なので、この日(金曜)も開催されていました。前回は5.18の史跡巡りの途中でゆっくり見物できなかったため、もう一度訪れてみた次第です。

 

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この南光州市場は2000年に廃止された国鉄慶全線(キョンジョンソン)南光州駅の駅前市場として発展した場所であり、2016年秋からスタートした夜市場では「夜汽車」(밤기차)の名を冠し、アーケード入口には華やかな電飾で飾った機関車を、そして夜市場の主役である飲食屋台は車両(客車)を模したものを縦列配置することで、往年の駅前市場の思い出を呼び覚ますことを期しています。アーケードの天井には星空を模した照明も。同じ夜市場でもその元祖たる釜山・富平カントン市場や大邱(テグ)・西門(ソムン)市場ほどの賑わいはないものの、いい雰囲気です。
南光州市場と「南光州夜汽車夜市場」、そして前述した「全南大学校病院」については下記のエントリーでも紹介しています。あわせてお読みいただけますと幸いです。

 

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南光州市場を抜けた先の光州川(クァンジュチョン)には、2000年まで使用されていた慶全線の鉄橋がそのまま残されています。鮮やかな色でライトアップされていました。

 

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光州川を渡った先は南区(ナムグ)、楊林洞(ヤンニムドン)。かつて「楊」(ヤナギ)が茂っていたことからその名が付いたとされるこの一帯は、19世紀末から20世紀初頭にかけて宣教師たちが活動拠点とした場所で、それら宣教師たちが建てた近代建築の宝庫であることから「楊林洞近代文化遺跡」などと呼ばれています。加えて伝統韓屋(ハノク)や著名音楽家を記念する道とその生家、さらには住民たちによる異色の町づくりなど見所に富んだ地域であり、個人的には「仮に韓国へ転居するならばいちばん住んでみたい街」でもあります。
写真は楊林洞を東西に走る大通りの台南大路(テナムデロ)沿いにあるベンチ。ライトアップされていました。

 

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台南大路沿いにしばらく歩くと、以前にも紹介した写真の勇ましいポーズの銅像が現れます。こちらの人物はここ楊林洞に生家の残る音楽家、鄭律成(정율성/정률성:チョン・ユルソン/チョン・ニュルソン、1914-1976)氏。主に中国で活動し、生涯で360曲以上にものぼる作品の中でも「八路軍行進曲」は人民解放軍軍歌として正式認定されたことから、中国では絶大な知名度を誇る人物です。こちらの銅像もそうした緑で中国より贈られたものです。この像付近から始まる全長233mの道路沿いの壁面には氏を記念するモニュメントかいくつも設置されており、道路全体が「鄭律成通り展示館」と呼ばれています。

 

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鄭律成氏の生家。前回の楊林洞訪問の際に立ち寄ることを忘れていたので、今回は寄ってみました。とはいえ真夜中なので門は閉じています。

  

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すてきな雰囲気の夜の楊林洞をずんずん歩きます。

 

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夜の「茶兄茶房」(タヒョンタバン)。
かつて楊林洞に住んだこともある詩人、金顕承(김현승:キム・ヒョンスン、1913-1975)氏の号「茶兄」を冠したこちらの建物は無人カフェであり、住民にとっての歓談の場、また旅行者にとってのマイルストーン&休憩所として愛されてきましたが、惜しくもこの年(2017年)5月末をもって閉店。いずれ何らかの形で再オープンすることを願っています。

 

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楊林洞、「カジュアル食堂」という屋号のお店にあった、長靴を履いたかえるさんのイラスト。なごみます。

 

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f:id:gashin_shoutan:20180404212714j:plain夜の「ペンギンマウル」。
ご老人を中心とした住民の方々が自宅のがらくたなどを持ち寄り、壁面や空き地など住宅街の隅々を飾った街。日本語だと「ペンギン村」の意である「ペンギンマウル」の名は、そうしたご年配の方々が、自らの歩く姿をよちよち歩きのペンギンをにたとえて自ら名付けたものだそうです。

 

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マッコリ用と思しきやかんとアルマイトの鍋が壁面にたくさん掛けられた、その名も「ペンギン酒幕」。こちらのお店でマッコリを飲んでぼんやりしたいなと思いつつ再訪しましたが、さすがに午後11時過ぎでは閉店していました。また訪れることにします。

鄭律成通り展示館や茶兄茶房、ペンギンマウルなど見どころ盛りだくさんの楊林洞の探訪記については、以下のエントリーにて紹介しています。あわせてお読みいただけると幸いです。

 それでは、次回のエントリーへ続きます。

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