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大邱の旅[201706_04] - 近代建築巡り、そしてノンメギメウンタン&ヌルングクスで念願の「大邱十味」制覇

前回のエントリーの続きです。

韓国・大邱(テグ)広域市を巡る旅、2日目(2017年6月10日(土))です。

 

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ヒウム日本軍「慰安婦」歴史館を出て、同歴史館と慶尚監営(キョンサンガミョン)公園との中間地点に位置する「大邱近代歴史館」に寄ってみました。
その名の通り、近代以降の大邱の歩みを紹介するこちらの施設は日帝強占期である1932年に建てられた旧朝鮮殖産銀行大邱支店の建物で、光復(日本の敗戦による解放)後は韓国産業銀行大邱支店を経て、2011年より現在の大邱近代歴史館として運営されています。

 

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近代西洋建築によく見られる高い天井からは大きなシャンデリアが。かつての銀行らしく、大金庫もありました。

 

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1930年代の大邱をCGで再現、この大邱近代歴史館(朝鮮殖産銀行大邱支店)を含め近代建築の立ち並ぶ当時の市内をバスで巡る映像展示。部屋もバスの車内を模しています。いちばん印象に残った展示物でした。

 

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大邱近代歴史館の2階では「학교종이 땡·땡·땡」(「学校の鐘キンコンカン」の意)と題し、初等学校(日本の小学校に相当)とその前身である国民学校で用いられた教科書などの教材を展示する特別企画を開催中でした。こういう企画は好きでついつい見入ってしまいます。

 

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学用品の数々。白黒の迷彩模様の服は「教練服」(교련복:キョリョンボク)といい、主に1970~80年代、高等学校での「教練」(大学生・高校生を対象とした軍事教育の授業)の際に生徒たちが着用していた衣服で、その世代にとってはある種の郷愁を感じるアイテムのようです。

 

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フロア内にはこうした企画展示の定番、懐かしの教室の再現展示も。日本でも温暖な地域で育った身としては、アルマイト製の弁当箱がいくつも乗った教室中央のストーブが新鮮です。

こちらの施設「大邱近代歴史館」、開館時間は午前9時~午後7時(11~3月は午後6時)、入場は開館時刻の30分前まで。毎週月曜日(公休日の場合はその翌日)、元日・ソルラル(旧正月)・秋夕(チュソク。旧8月15日)の各当日は閉館です。入場無料。
都市鉄道(地下鉄)1号線「中央路」(チュンアンノ)駅4番出口から西へ向かって徒歩約5分(約330m)の場所にあります。前回のエントリーで紹介した「慶尚監営公園」を過ぎてすぐなので分かりやすいです。
なお、今回紹介した特別展示「학교종이 땡·땡·땡」はすでに終了しておりますのでご注意のほど。

大邱近代歴史館(대구근대역사관:大邱広域市 中区 慶尚監営ギル 67 (布政洞 33)。大邱広域市有形文化財第49号) [HP]

 

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大邱近代歴史館からは北へ針路をとり、前夜にも訪れた北城路(プクソンノ)へ。日帝強占期に建てられた日本家屋や、同時期築と思しき西洋建築があちこちに残っていることが、日中に訪れるとより一層分かります。

 

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やって来たのは、これまた前夜に訪れた「北城路工具博物館」。見ての通り日本家屋をリノベーションし、博物館として再活用している施設です。なぜ「工具」の博物館なのかというと、かつての大邱邑城(ウプソン)を破壊して造られたこの北城路は日本の商人によりほぼ独占されていた街路で、光復(日本の敗戦による解放)により空家となった店舗に工具や機械を扱う店が入居したことに加え、朝鮮戦争(6.25)以降には米軍の廃工具を扱う店が西寄りの達城(タルソン)公園付近に多数出現したこともあって、いまではこの一帯が国内最大級の工具商店街となったためです。近年では東城路(トンソンノ)寄りの東側がおしゃれなリノベカフェの並ぶ街に変貌しつつある一方で、西寄りには工具店がまだまだたくさん営業しています。

さてこちらの「北城路工具博物館」、開館時間は午前10時~午後6時(冬季は午後5時)、休館日は日曜と公休日とのこと。なので今回の訪問タイミング(土曜日の午後2時)であれば開いているはずなのに、なぜかこの日は施錠されていました。めげずにいつかリベンジしたいと思います。

北城路工具博物館(북성로공구박물관:大邱広域市 中区 太平路28ギル 24 (太平路2街 19))

 

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北城路から少し南へ下り、やって来たのは「ジンコルモク」という名の路地。
「ジン」(진)とは「長い」を意味するギン(긴)の慶尚(キョンサン)方言、「コルモク」(골목)とは「路地、通り」の意なので直訳すると「長い路地」となりますが、実際の全長は100mあまりと短い道です。
かつては「達城徐氏」と呼ばれる裕福な一族が暮らしていた地域で、その後この通り沿いに建てられた近代建築が現在も残ることから、かつての宣教師の旧宅が残る「青蘿の丘」(청라언덕:チョンナオンドク)などと並んで近代大邱を象徴する街とされており、「中央路」駅寄りの入口には「근대路의여행」(近代路の旅行)と書かれた案内板もあります。

 

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壁面を飾るジンコルモクの地図。

 

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「鄭(チョン)小児科医院」。1937年に建てられた大邱最初の西洋式住宅で、ジンコルモクを象徴する存在となっています。

 

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ジンコルモクの途中にある「ジンコルモク食堂」。いい酒場だそうです。いつか行ってみたいですね。

 

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ジンコルモクの片隅には、大邱生まれの書画家である徐丙五(서병오:ソ・ビョンオ、1862-1935。号は石斎(석재:ソクチェ)。写真1枚目の壁画の中央右の男性)氏を記念する空間が設けられていました。ここ大邱で嶠南(キョナム)書画研究会を発足させ、朝鮮美術展覧会の書道部門の審査員も務めた人物です。

先ほど紹介したジンコルモクの案内板のある入口へは、都市鉄道(地下鉄)1号線「中央路」駅1番出口から徒歩約2分(約150m)ほどで到達できます。

ジンコルモク(진골목:大邱広域市 中区 ジンコルモッキル 一帯。リンク先は「鄭小児科医院」の位置)

 

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ジンコルモクの南端から近い都市鉄道(地下鉄)2号線「半月堂」(パノルダン)駅から電車に乗って40分、到着したのは大邱広域市達城(タルソン)郡多斯邑(タサウプ)、2号線の西側の終点「汶陽」(ムニャン)駅。初の達城郡入りです。市の中に郡が含まれるというのは日本では考えられないことですが、韓国の地方自治体制度では広域市の中に郡が属することがあり、大邱の達城郡以外にも釜山の機張(キジャン)郡や仁川の江華(カンファ)郡・甕津(オンジン)郡などの例があります。

 

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こちらの駅の特徴は、ホームドアの代わりにワイヤーを用いた昇降式ホーム柵が設けられていること。かつては光州(クァンジュ)広域市の都市鉄道(地下鉄)1号線「鹿洞」(ノクトン)駅にも設置されていましたが、現在では韓国で唯一だそうです。

 

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汶陽駅へやって来たのは、大邱十味のひとつに数えられるメニューであり、この駅の近くに複数の専門店が立地する「ノンメギメウンタン」(논메기매운탕)を味わうため。
「ノンメギメウンタン」とは、直訳すると「水田ナマズの辛い鍋」の意。一般にメウンタンとは海鮮を辛いスープで煮込んだ鍋料理のことですが、海鮮の代わりにここ多斯邑名産のメギ(메기:ナマズ)を用い、昆布と大根をベースにニンニク、唐辛子粉をたっぷり入れたスープで煮込んだ達城郡オリジナルの料理を指します。
私のようなノンメギメウンタン目当ての来訪者を迎えようと、汶陽駅前にはそれら飲食店の送迎用のバンが何台も。目的の店らしき屋号をつけた車もいましたが、駅からも遠くないことですし、散歩がてら歩いてゆくことに。

 

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道すがら、250万都市とは思えないのどかな田園風景が広がります。

 

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そうして15分ほど歩くと、今回の目的のお店「サンジョンノンメギメウンタン」に到着。

 

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入店。いつもなら「中」を頼むところですが、今回はこの直後にも食事が控えているので、ぐっとこらえて「小」22,000ウォン(約2,200円:当時)を注文。とはいえ出てきた「小」もなかなかの量です。

 

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主役のナマズさんは3尾。お店の方が見事な手際で身と骨を分けてくださいます。その他の具はプチュ(ニラ)、タンミョンなど。

 

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そしてお待ちかねの実食。身は淡白だけど旨みがあります。たぶんあるであろう淡水魚ならではの風味も、ほどよい辛さとコクのあるスープがいい具合に抑えています。うんまい。白米も付いてくるので、適宜スープに入れて食べます。
今回はしませんでしたが、スープにスジェビ(すいとん)を入れて食べるとまた格別とのことです。

こちらのお店「サンジョンノンメギメウンタン」の営業時間は午前9時~午後9時、名節(旧正月・秋夕)休業。前述したように都市鉄道(地下鉄)2号線「汶陽」駅から徒歩で15分ほどですが、こちらのお店もまた同駅からの送迎用バンを用意しているようです。

サンジョンノンメギメウンタン(산정논메기매운탕:大邱広域市 達城郡 多斯邑 達句伐大路109ギル 142-13 (釜谷里 308-1))

 

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サンジョンノンメギメウンタンの駐車場。ノンメギメウンタンを作る愛らしいナマズのコックさんの壁画が。だけど湯気の立ちのぼる鍋から飛び上がっているのもまたお仲間のナマズさん。涙なしには見られません……


再び歩いて汶陽駅へ戻り、同じ達城郡内にある次の目的地へ向かうため、駅前からバスに乗車。次の目的地もまた大邱十味の名店であり、私にとっては大邱十味の残る一品を味わうための訪問です。飲食店、それも鍋料理の直後のはしごは過酷なものがありますが、大邱の中心部から達城郡への所要時間を考慮すると、今回ここまで遠征して来た機会を逃すことはできません。

事前に調べた目的地方面行きのバスに乗ったつもりが、実は反対方向行きだったというトラブルに見舞われつつも、どうにか目的地近くの「桐谷初等学校アプ」(アプは「前」の意)バス停に到着。ここは達城郡河浜面(ハビンミョン)といい、汶陽駅から見ると大邱の中心部からさらに遠ざかる方角に位置します。

 

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そしてやって来たのがこちらのお店「桐谷(トンゴク)ハルメソンカルグクス」。
1950年創業、現在は4代目というこちらのお店の名物「ソングクス」は、名前こそ異なりますが、大邱十味のひとつに数えられる「ヌルングクス」(누른국수)です。

ヌルングクスとは、小麦粉に大豆の粉をわずかに混ぜたククス(麺)と、濃い目に取ったミョルチ(カタクチイワシ)ダシのスープを組み合わせた慶尚道式のカルグクスのことです。その名の由来としては大豆粉により「黄色みを帯びた」(韓国語で「누른」(ヌルン))麺だから、あるいは麺の生地を麺棒で薄く「伸ばした」(こちらも韓国語で「누른」(ヌルン))から、など諸説あるようです。
内陸の盆地に位置する大邱はその暑く湿気の少ない気候が麺の生産における自然乾燥に最適とされ、かつては主要製麺メーカーの工場が多数立地していました。そうした背景もあってか、ここ大邱での小麦粉と麺類の消費量は現在でも全国トップクラスだとのことです。
このようにとりわけ麺類にかけては舌の肥えた大邱の人々が、ランチタイムになると市内からわざわざ数十分かけて食べに行くというこちらお店の名物ソングクスを、どうしても大邱十味の締めくくりとして味わってみたかったのです。

 

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お店の玄関の手前にある離れの厨房には、お湯が煮立った巨大な釜が。
「ソングクス」(손국수)とは直訳すると「手の麺」の意で、つまり手打ち麺のこと。その名の通り店内で職人が手打ちした麺はこちらの大釜で茹でられ、スープと合わさってテーブルに運ばれます。

 

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10分ほど待って、やって来たソングクス(ヌルングクス)。たまらず、ずるずる。
ミョルチと刻み海苔の風味が渾然一体となったスープは、日本では口にしたことのない味。麺はコシが強いわけではないですが柔らかすぎでもなく、適度な歯ごたえです。うんまい。
意外なことに、日本のうどんのような熱々ではありません。どうやら茹で上がった後、食べるのに適した温度まで待って出されるようです(とはいえ麺がのびているわけではないのでご安心のほど)。そういえば前回(2016年秋)の大邱訪問の際に食べたチャンチククス(잔치국수:韓国式の温かいそうめん)もややぬるめのスープで驚いたことがあります。汁に入った麺は熱々で食べるのが一般的な日本の感覚だとちょっとびっくりしますが、スープと麺の味をより深く味わうには適した食べ方だといえるでしょう。

 

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こちらのお店「桐谷ハルメソンカルグクス」の営業時間は午前10時~午後9時、毎月第1日曜日は定休日です。都市鉄道(地下鉄)2号線「汶陽」駅から<성서(城西)2>バスに乗って約14分の「桐谷初等学校アプ」(동곡초등학교앞)バス停にて下車、徒歩約3分(約190m)です。

桐谷ハルメソンカルグクス(동곡할매손칼국수:大邱広域市 達城郡 河浜面 達句伐大路55ギル 97-5 (桐谷里 125-8))

 

こちらのお店のヌルングクスで、ついに大邱十味の全10品目を制覇。ちょっとした達成感の中、食都・大邱の真髄にほんのわずかだけ近づけたような気がしています。

それでは、次回のエントリーへ続きます。

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