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順天の旅[201908_08] - 韓国出版史を変えた編集者、順天の旅の締めは名物のタックイとクッパで

前回のエントリーの続きです。

本年(2019年)8~9月の全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市を巡る旅の3日目、2019年8月31日(土)です。

 

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「楽安邑城民俗村」(낙안읍성민속촌:ナガンウプソン・ミンソクチョン)を出て、徒歩で次の目的地へ。
向かったのは、楽安邑城民俗村と隣接する「順天市立プリキプンナム博物館」です。

 

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プリキプンナムとは直訳すると「根の深い木」という意味で、出版ジャーナリストの韓彰璂(한창기:ハン・チャンギ、1936-1997。写真の男性)氏が1976年に創刊した月刊誌『プリキプンナム(뿌리깊은 나무)』の名前から取ったものです。
韓彰璂氏は日帝時代の1936年、博物館や楽安邑城の位置する順天市楽安面(ナガンミョン。面は日本でいう「村」に相当する地方自治体)に隣接する全羅南道宝城(ポソン)郡筏橋邑(ポルギョウプ。邑は日本でいう「町」に相当する地方自治体)で生まれました。光復(日本の敗戦による解放)と朝鮮戦争(韓国戦争、6.25戦争)を経た1954年に順天中学校を卒業し、光州(クァンジュ)高等学校を経てソウル大学校法科大学(日本でいう学部に相当)に入学、1961年に卒業しています。
その後『ブリタニカ百科事典』の内容に感銘を受け、独学で学んだという英語を生かして米国シカゴの本社と交渉、1968年1月に同百科事典の現地法人である韓国ブリタニカを設立。主に駐韓米軍の将兵を相手に百科事典のセールスを展開します。韓彰璂氏はその語学力に加え卓越したセールスの才能を持っており、たちまち本社からもー目置かれるトップセールスマンとなりました。

 

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そんなある日、韓彰璂氏はシカゴ本社に「これまでは英語の本を売ってきたので、これからは韓国のためにお金を使いたい」と韓国語による韓国土着文化を紹介した雑誌の発刊を提案。当初は拒否した本社でしたが、韓彰璂氏の長きにわたる懇願についに折れて発刊を承諾します。1970年4月から発刊されていた韓国ブリタニカの社内報『ぺウムナム』(배움나무:「学びの木」の意。写真1枚目)を発展させ、1976年3月に産声を上げたその雑誌こそがまさに『プリキプンナム』でした。写真2枚目左側、しわの刻まれた手で米粒をすくい上げた写真の表紙がその創刊号です。

 

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『プリキプンナム』のコンセプトは前述したように韓国土着文化の紹介とその美の再発見にあり、その文章には徹底した純ハングルの横書き文という特徴があります。漢字とハングルの混交、縦書きが一般的であった当時のその他の雑誌とはっきり一線を画すものでした。また『プリキプンナム』は韓国で初めて、文字サイズや字間、行間などページレイアウトにまでデザイン性の概念を持ち込んだ雑誌とされています。こうした編集方針、さらに韓彰璂氏の手になる斬新な宣伝広告手法などが広く受け入れられ、やがて発行部数8万冊という韓国を代表する雑誌のひとつにまで成長します。

 

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韓彰璂氏は月刊『プリキプンナム』の約4年の歴史の中で、ただ一度だけ合併号を出したことがあります。
1980年6・7月号がそれで、同年5月18日より当時の全羅南道光州市(現・光州広域市)にて発生した軍による組織的暴力への抗議の意味を込めて、1ヵ月分を休刊したためでした。なお、このときの軍による市民の殺傷行為は、それに抵抗した市民たちによる10日間の抗争とあわせて「5.18民主化運動」あるいは「5.18民衆抗争」と総称されているものです(日本では「光州事件」と呼称)。
そしてその次号となる1980年8月号の発刊直後、全斗換(전두환:チョン・ドゥファン、1931-)ら新軍部政権により『プリキプンナム』を含む172種の定期刊行物が一斉に登録取消となり、強制廃刊へと追い込まれてしまいます。これらの雑誌が「腐敗要因・淫乱・社会不安造成」するものであり、その「浄化」のためという名目でした。

 

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しかし、韓彰璂氏は決して屈することはありませんでした。
『プリキプンナム』廃刊から4年あまりを経た1984年11月には、新たな月刊誌『セミキプンムル』(샘이깊은물:「泉の深い水」の意)を創刊。女性家庭雑誌という触れ込みであり、表紙も創刊号(写真1枚目の右側)を除けば概ね女性の肖像写真となっていますが、実際には『プリキプンナム』とほぼ同コンセプトの雑誌でした。
韓彰璂氏はこの誌面でもまた純ハングルの横書き文にこだわり、韓国の土着文化を紹介してゆきます。『セミキプンムル』はその後、韓彰璂氏の死去を経て2001年11月号まで発刊され続けました。

 

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プリキプンナム博物館の内部に入ります。韓彰璂氏は韓国民俗文化の変遷を示す各時代の民具の著名なコレクターでもあり、その数は実に6,500点にも登るといいます。館内には三国時代から近代に至るまでのそれら民具の数々が所狭しと展示されています。

  

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展示品を少しだけ紹介します。
伽耶(カヤ。3~6世紀の朝鮮半島に存在した国家)時代のものとされるこちらの土器はカモ(韓国語ではオリ(오리))を象ったもので、博物館のチケットなどにもその写真が用いられていました。

 

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こちらは朝鮮時代の「象尊(상준:サンジュン)」といい、その名の通りゾウを象ったもので、祭祀(チェサ)などで用いられたものだそうです。

 

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セミキプンムル』創刊号の表紙になったあの肖像画も展示されていました。
 

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韓彰璂氏は食文化にも強い関心があり、茶葉と茶器、そして飯床器(パンサンギ。膳立てに用いるひと揃いの食器セット)を紹介しました。中でも7種類の菜の膳立てに用いる「セチョッ飯床器」を復活し普及させたことで高い評価を受けています。

 

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雑誌『プリキプンナム』や『セミキプンムル』展示コーナーのパネル。先ほども紹介したこれら雑誌のバックナンバーはすべてガラスケースに収められており、残念ながら雑誌そのものを手に取って閲覧することはできません。元々傷みやすい紙媒体であるうえ発刊から数十年を経過し、特に『プリキプンナム』などは古書市場でも比較的高価で売買されているようですので仕方のないことかもしれません。

 

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韓彰璂氏が『プリキプンナム』に続いて発刊した『韓国の発見(한국의 발견)』。9つの道とソウル、釜山の全11巻からなる人文地理誌です。

 

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韓彰璂氏は雑誌を通じた韓国の土着文化の紹介に留まらず、伝統芸能「パンソリ」の紹介と記録を通じた保存にも注力しました。その公演会を約100回も開催したほか、名唱たちによるパンソリを収録したCDも出版しています。

 

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プリキプンナム博物館の敷地内には、写真の立派な韓屋(ハノク)が1軒建っています。
1922年築というこちらの韓屋は、短簫(タンソ。韓国の伝統楽器である細い縦笛)の奏者であり、韓国の国家無形文化財第83号「求礼郷制チュル風流」の伝承者(日本でいう「人間国宝」に相当)でもあった金茂圭(김무규:キム・ムギュ、1908-1994。号は白耕(ぺッキョン))氏の自宅だった建物です。かつては順天市と隣接する求礼(クレ)郡にあったものを、韓彰璂氏が生前この家屋を見て魅了されたというエピソードにちなみ、2006年に当地へ移築したのだそうです。

 

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余談ですが、実はこちらの韓屋、韓国映画史に残る名作というべき1993年の映画『風の丘を越えて西便制』(原題『서편제』)にも舞台として登場します。パンソリ唱者のユボンとその娘ソンファが滞在したところで、白い韓服を着た老人が舎廊チェ(サランチェ。主人の居間に用いる棟)のヌマル(高殿の板の間。写真の向かって右側の張り出した場所に座ってコムンゴ(琴)を弾き、ユボンが口吟をした場面が撮影されたのが、当時は求礼にあったこの家屋なのだそうです。
訪問当日は韓屋の塀の中に入ることはできませんでしたが、その全体を眺めることはできました。

 

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「順天市立プリキプンナム博物館」の開館時間は午前9時~午後6時(冬期は午後5時)、毎週月曜日と元日、名節(旧正月・秋夕)連休は休館。入館料は大人1,000ウォン(約90円:2019年8月現在。以下同じ)です。
順天駅などからのアクセス方法は前回のエントリーの最後で紹介した楽安邑城民俗村へのそれと同じで、「楽安邑城3.1運動記念公園(낙안읍성 3.1운동 기념공원)」バス停から徒歩約7分(約430m)で到達できます

順天市立プリキプンナム博物館(순천시립 뿌리깊은나무박물관:全羅南道 順天市 坪村3キル 45 (南内里 219)) [HP]

 

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プリキプンナム博物館を出て前回エントリーで紹介した「三・一独立運動紀念塔」まで戻り、<63>番バスで順天市中心部へ戻ります。
順天総合バスターミナル前のバス停で<57>番バスに乗り換え、まず到着したのは夕陽の照礼洞(チョレドン:写真)。この一帯は比較的新しい繁華街で、飲食店が密集しています。
この照礼洞へやって来たのは、順天湾の干潟で90%以上が産出されるという夏の味覚「マッチョゲ」(맛조개:マテガイ)で知られる某店の訪問のため。しかし話を聞くと、すでに今季のマッチョゲの取り扱いは終了したとのこと。マッチョゲの旬は7~8月とされますが、さすがに8月も末になるとシーズンは終わってしまうようです。
残念ですがないものは仕方がないので、来年こそマッチョゲを口にすることを誓いつつ、次の目当てのお店へ向かいます。また順天を再訪すべき理由が増えてしまいました。
<100>番バスに乗って次の目的地へ移動。このような急な予定変更時にも、現在地近くから目的地までの市内バスが容易に見つかり、しかも割とすぐに乗れることが順天の強みです。

 

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そしてやって来たのは「順天湾国家庭園」の西門からも近いお店「コゴベン土種(トジョン)タッスップルグイ」。知名度こそ低いものの、順天の名物料理のひとつに数えられる「タックイ」(닭구이:鶏肉焼き)。その専門店として評判が高く、かねてより目を付けていたお店です。

 

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タックイという料理は全国各地にありますが、順天のそれは前もってカンジャン(韓国醤油)ベースのヤンニョムに漬けておいた鶏肉を炭火で焼く点に特色があります。そのためか、こちらのお店の屋号にもスップル(炭火)の文字が。
注文したのは看板メニューの「土種タッスップルグイ」ハンマリ(1羽)。「土種タッ」というのは日本でいう「地鶏」に相当します。
 

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やって来たタックイ。見るからにうまそうです。じゅるり。
さすが1羽分を名乗るだけあってモモや胸肉はもちろん、手羽先に手羽元、さらにはタットンチッ(砂ずり)にタッパル(モミジ:足の先)まで。なかなかの分量ですが、順天のタックイは以前に別のお店でハンマリを難なく完食した経験があるので、特に心配はしていません。

 

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タックイは店員さんが焼いてくださいます。火力の強い炭火とはいえ厚みのある鶏肉ですので、食べごろに焼けるまでは割と時間を要します。

 

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空っぽのお腹をなだめつつ、あわてずじっくりと火を通してもらってから口の中へ。
うんまい。
パリパリの皮とジューシーなお肉、そしてカンジャンベースのヤンニョムのハーモニー。もうたまりません。箸を握る手も止まりません。そして気づいたらあっという間に完食。部位が異なるとはいえ鶏肉ばかりを食べていると味に飽きてくることがありますが、順天のタックイではそうした経験はまずありません。恐るべしカンジャンヤンニョム。

 

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こちらのお店「コゴベン土種タッスップルグイ」の営業時間は午後3時~午後11時、日曜定休です。
KoraiI「順天」駅からであれば駅正面から道路を渡った「順天駅(순천역)」バス停より市内バス<52>番に乗って9つめの「チナリチェ(진아리채)」バス停(所要約11分)で下車、徒歩約5分(約290m)順天総合バスターミナルからは徒歩約5分(約270m)の位置にある「バスターミナル(버스터미널)」バス停より市内バス<52>番に乗って12番めの「チナリチェ(진아리채)」バス停(所要約16分)で下車、以下同じ
今回私が注文したカンジャンヤンニョムの「土種タッスップルグイ」はハンマリ(1羽分)で43,000ウォン(約3,900円)。辛いソースのメウンマッも同じ値段。味もボリュームも大満足のお店です。

コゴベン土種タッスップルグイ専門店(꼬고뱅 토종닭 숯불구이 전문점:全羅南道 順天市 五泉2キル 18-7 (五泉洞 986-3))

 

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その後はおとなしくホテルに戻り、明けて9月1日(日)の早朝。帰国の日です。
順天はソウル駅からだとKTXでも3時間弱とかなり離れていますが、ちょうどよい時間帯に列車があるため、飛行機の出発時刻の3時間前までであればソウル駅の地下で手荷物預けと出国手続きのできる「ソウル都心空港ターミナル」の利用であっても余裕があります。一般に韓国ではかなり離れていることの多い鉄道駅とバスターミナルが比較的至近距離にあることを含め、順天という街の優位性がここにあります。そんなわけでこの日の朝食も順天で。

 

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これまでに何度も紹介した、順天最大級の在来市場、アレッチャン。「下の市」を意味するこの市場の西側沿いにある道路「長坪路(チャンピョンノ)」沿いには、いくつものクッパのお店が軒を連ねています。

 

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忙しい仕事の合間にも短時間で手軽に食べることができ、特に冬などは冷えた体を暖めてくれるクッパ。韓国の在来市場の商人たちにこれほど愛されている料理は他にないといっても過言ではありません。韓国の在来市場内やその近隣には必ずと言ってよいほどクッパ屋が立地し、お腹をすかせた商人たちを迎えています。同じ順天でも「上の市」であるウッチャンには、建物1階のほぼすべてが十数店ものクッパ屋さんで構成される建物があるほどです(写真。こちらに限り2018年10月撮影)

 

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アレッチャンそばの長坪路沿いには、以前にもこちらのエントリーで紹介した人気店「コンボンクッパ」がありますが、この日は午前6時を過ぎてまもなくで開店準備中だったため、もうひとつの目当てのお店へ。

 

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今回選んだのは24時間営業の「巨木(コモク)スンデクッパ」。以前に韓国SBSテレビで放映されていた番組『ぺク・チョンウォンの3大天王』を通じて知ったお店で、今回が2度目の訪問です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190901060425j:plain前回同様、屋号にもなっている名物のスンデクッパを注文。価格は8,000ウォン(約720円)です。

 

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そしてやって来たスンデクッパ。その名の通りスンデがごろごろ入っています。こちらのクッパの特徴は日本のとんこつラーメンに似た味のスープで、これがとてもうんまいのです。スンデなどの具をあらかた食べてご飯を投入すると最後の一滴まで無駄なく、かつおいしく味わうことができます。

 

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スンデクッパの隣にある長方形のお皿に乗ったスンデ盛り合わせ。これはスンデクッパに付いてくるパンチャン(無料の付け合わせのおかず)ではありませんが、私が注文したものでもありません。
料理が出てくる少し前、店内で写真を撮っていたところ、ご主人らしき女性店員さんに話しかけられてきました。SNSで紹介するためと話すとたいそう喜んでくださり、なんとサービスで出てきたものです。これこそがメインのおかずレベルではというボリュームに驚きます。ただただ感謝。そしておなかいっぱい。 

 

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こちらのお店「巨木スンデクッパ」は前述した通り24時間営業、年中無休。
KoraiI「順天」駅からであれば駅正面の「順天駅(순천역)」バス停より市内バス(どの路線でもOK)に乗って2つ先の「アレッチャン(아랫장)」バス停(所要約3分)で下車、徒歩約6分(約390m)全行程徒歩でも約19分(約1.1km)です順天総合バスターミナルからは徒歩約12分(約740m)

巨木スンデクッパ(거목순대국밥:全羅南道 順天市 長坪路 50 (豊徳洞 1265-5))

 

f:id:gashin_shoutan:20190901074105j:plainそして私にとっては定番となった順天駅午前7時42分発のKTXで、およそ60時間ほど滞在した順天を後にするのでした。

 

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これまでのエントリーですでにバレバレかもしれませんが、私にとって順天とはその歴史と文化に強い関心があるほか、ある程度下調べをすることでバスなど公共交通機関を使いこなせるという意味で「旅行力」を鍛えられる街でもあり、また本エントリーシリーズの前半でも紹介した曹渓山(チョゲサン、884mまたは887m)登頂のように新しいチャレンジを始めるにふさわしい、個人的に「特別」な街です。
順天についてはこれまで紹介してきた昨年(2019年)8月の旅の後にも、同年12月の全羅南道莞島(ワンド)郡の旅の帰りがけにも中継地点として立ち寄ることで3ヵ月ぶりに再訪を果たしました。さらに同月末、今度は主目的地として訪問。このときの旅では、これまで紹介してきた8月末の旅で訪問できなかった「順天ドラマ撮影場」(写真1枚目)や夕陽の名所「臥温海辺」(ワオン・ヘビョン。写真2枚目)を訪れ、個人的に初めてとなる韓国での年越しを経たうえで日の出の名所「花浦海辺」(ファポ・ヘビョン。写真3枚目)にて2020年の初日の出を拝んでまいりました。

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ご承知のように、本年に入り日本や韓国を含む世界のニュースは新型コロナウイルス「COVID-19」(韓国では一般に「코로나19」と呼ぶ)関連の話題が席巻しております。検査の進んでいる韓国では大邱(テグ)広域市や慶尚北道キョンサンブット)清道(チョンド)郡を中心に現時点で2千名あまりの感染者が確認されており、本エントリー公開前日(2月28日)には順天でも初の感染者が確認されました。日本のメディアは相変わらず数字だけを見て韓国での感染拡大状況を面白おかしく消費しているようですが、安倍政権の方針により感染の可能性がある人々の検査すら放棄した本邦での状況は一体いかほどでしょうか。私たちの想像をはるかに超えています。
こうした状況を受け、私も本年(2020年)3月に予定していた韓旅を中止しましたが、状況が落ち着いているであろう本年9月の連休前後に予定している旅では、また順天を訪問するつもりです。そのときにまた、アレッチャンにある私の大好きな酒場「61号ミョンテジョン」の名物「チルルッケティギム」(順天湾名産のヤマトオサガニの唐揚げ。写真。2019年12月撮影)ほかうんまい料理の数々を味わいつつ、順天の地マッコリを味わえることを願って。

 

昨年(2019年)8~9月の全羅南道順天市の旅は、今回で終了となります。お読みいただきありがとうございました。
次回からは、昨年2月の全羅南道木浦(モッポ)市の旅(こちらのエントリーの続き)をお送りします。

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