かつてのTwitterアカウント(削除済み)の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

順天の旅[201908_02] - 曹渓山登山の旅①韓国三宝寺刹のひとつに数えられる山寺「松広寺」の伽藍を歩く

前回のエントリーの続きです。

本年(2019年)8~9月の全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市を巡る旅、明けて2日目・2019年8月30日(金)の朝です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222628j:plain
順天最大の在来市場、アレッチャン近くのホテルを午前5時40分頃に出発。この日は長距離を歩く予定があるので、いつもの旅よりもずいぶん早く行動を開始します。

 

全羅南道順天市全図
この日の予定は、順天を代表する2大古刹「松広寺(송광사:ソングァンサ)」と「仙岩寺(선암사:ソナムサ)」の徒歩による訪問。それも単に訪問するだけでなく、両古刹を懐に抱く山「曹渓山」(조계산:チョゲサン、884mまたは887m)の頂上を経由するというものです。総延長約13km、しかもその途中には山越えを含む長い徒歩の行程。なかなか過酷ですが、どうしてもチャレンジしたいものでした。このためにバックパックなどの装備を調達、しっかりと準備したうえで臨みます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222752j:plain
アレッチャンのバス停を午前5時50分台に出る市内バス(路線バス)<111>番に乗って、約1時間15分で終点の松広寺駐車場に到着。

 

松広寺広域図

松広寺伽藍図
松広寺は韓国最大の仏教宗派でもある禅宗大韓仏教曹渓宗(チョゲジョン)に属する山寺です。それ自体が史跡第506号に指定されているほか、曹渓山や仙岩寺とあわせて名勝第65号「曹渓山松広寺・仙岩寺一円」にも指定されています。また松広寺はその長い歴史からもたらされた文化財の宝庫でもあり、その施設および収蔵物には国宝4点、宝物27点などが含まれます。
松広寺の歴史は、新羅末に慧璘大師(ヘリンデサ)が建てた小さな庵、吉祥寺(キルサンサ)がその起源とされ、高麗時代の12世紀末に普照国師(ポジョククサ)知訥(チヌル)が大規模な寺院に発展させ、あわせて寺名を修禅社(スセンサ)に改称したと記録されています。その後松広寺に改称された時期は不明ですが、「松広」の名は当時の曹渓山の呼び名であった「松広山」に由来するとされています。
16世紀末の豊臣秀吉による2度の朝鮮侵略壬辰倭乱文禄の役)と丁酉再乱(慶長の役)のとき大部分が焼失、僧侶たちも他の寺に移ったため一時期は廃寺同然となりましたが17世紀に入って再興、その後1842年の大火ではほとんどの建物を焼失しつつも20世紀前半までに再建を繰り返し、光復(日本の敗戦による解放)時点では80棟あまりもの大寺院となりました。しかし朝鮮戦争中の1951年には戦火によりその多くが焼失、現在はその後再建された殿閣を含め50棟あまりからなる現在の姿をなしています。
高麗時代から朝鮮時代初期にかけて、普照国師を筆頭に16人もの国師(ククサ。新羅から朝鮮時代初期にかけて国が僧に授けた最高の位階)を輩出したことから僧宝寺刹とも呼ばれ、慶尚南道キョンサンナムド)梁山(ヤンサン)市の通度寺(통도사:トンドサ。仏宝寺刹)、慶尚南道陜川(ハプチョン)郡の海印寺(해인사:へインサ。法宝寺刹)とともに韓国の三宝寺刹をなしています。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222817j:plain

f:id:gashin_shoutan:20191006175727j:plain
松広寺の駐車場近くには数件の飲食店が門前町をなしています。建物も立派な造りですね。さすがに午前7時台はまだ営業していませんでした。 

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222848j:plain
飲食店近くには年季の入った門の旅館も。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222910j:plain
静かな朝の参道沿いには清流が流れます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222921j:plain
こちらの門はチケット売り場を兼ねており、3,000ウォン(約270円:2019年8月現在。以下同じ)を支払って中に入ります。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925222958j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223007j:plain
山深い松広寺の参道にも陽が射してきました。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223028j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223039j:plain

f:id:gashin_shoutan:20191006185037j:plain
駐車場から20分あまり歩いて、最初に姿を現したのは「松広寺聖宝博物館(ソンボ・パンムルグァン)」。立派な建物です。その名の通り松広寺が収蔵する「聖宝」、すなわち古くから伝わる仏教関連文化財の数々を展示していると聞きます。
観覧したいところですが、開館時刻の午前9時まではまた少し時間がありますし、今後のスケジュールを考慮すると残念ですが立ち寄る時間はありません。次回訪問に預けたいと思います。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223058j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223116j:plain
さらに奥へ進むと、「下馬碑(ハマビ)」と書かれた石碑が。
これは朝鮮時代初期の1413年、当時の王であった太宗(태종:テジョン、1367-1422。在位1400-1418)の命によリソウルの宗廟(チョンミョ)などの門の前に置かれたものが最初とされ、「大小人員皆下馬」と記されている場合もあります。その文字にある通り、この碑のあるところでは王を含むあらゆる身分の人間が馬から下り、そこから先は自分の足で歩かねばなりません。
ここ松広寺の碑の手前にある解説文の下には「下馬碑の先は用務外の車両通行を禁止」とあります。現代では下馬碑ならぬ下車碑となっているわけですね。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223154j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223204j:plain
さらに奥へ進むと、写真の門が見えてまいります。
こちらは「一柱門(イルジュムン)」といい、寺院の正門にあたります。4本以上の柱に支えられた一般的な楼門とは異なり、横一列に立った2本の柱でのみ支えられているためこの名がついたといいます。というか屋根と柱のバランスがおかしい。よくもまあ自立できるものだと感心します。この後に訪れた仙岩寺もそうでしたが、こうした一柱門には寺院の名称やその立地(山名)が記された扁額が掲げられていることが一般的です。ここからはいよいよ松広寺の境内に入ります。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223223j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223238j:plain
一柱門を抜けてすぐ目の前に現れるのは「羽化閣(ウファガク)」。
境内を流れる小川に架けられた石橋「三清橋(サムチョンギョ)」の上に築かれた建物で、三清橋ともども全羅南道有形文化財第59号に指定されています。三清橋は1707年、羽化閣は1774年築。

 

f:id:gashin_shoutan:20191006163949j:plain
羽化閣の欄干は腰を掛けるのにちょうどよい高さとなっていますが、礼儀に反するかもしれないので座るのは遠慮しておきます。見下ろした清流が涼やかです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223330j:plain
羽化閣を渡ってすぐの「天王門(チョンワンムン)」という2つめの門を入るといきなり、ものすごい形相の巨大な像が現れます。予備知識がなかったので正直かなりビビリました。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223342j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925223357j:plain
これらは高麗時代に土で造られ、その後朝鮮時代の17世紀に補修された塑造の四天王像で、門の内側に通路を挟んで4体が置かれています。南方増長天(写真1枚目左)、西方広目天(写真1枚目右)、北方毘沙門天(写真2枚目左)、東方持国天(写真2枚目右)の4体により構成され、「順天松広寺塑造四天王像」として宝物(日本の重要文化財に相当)第1467号に指定されています。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223449j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224348j:plain
天王門を過ぎると、日本の寺院の本堂に相当する「大雄宝殿(テウンボジョン)」を含む広場が。大雄殿に向かって左側の「僧宝殿(ソンボジョン)」、右側の「地蔵殿(チジャンジョン)」が広場を取り囲むように建っています。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925223501j:plain
大雄宝殿の栱包(공포:コンポ。ひさしの重さを支えるため柱頭に組み並べる木片)。韓国の寺院建築の栱包はただでさえ複雑で幾何学的なものが多いですが、こちらは2つの栱包が隣り合っているためより複雑な構成となっています。1988年に再建されたものとはいえ、こうしたものが造れることにただただ感心するばかりです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224620j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224653j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224700j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224626j:plain
地蔵殿の少し手前(西側)には比較的小さめの木造建築2つが並んで建ち、いずれも宝物に指定されています。写真1枚目右側と2枚目が17世紀頃築の薬師殿(ヤクサジョン、宝物第302号)、1枚目左側と3枚目が1639年築の霊山殿(ヨンサンジョン、宝物第303号)。いずれも内部には仏像が安置されており、教徒の方が拝礼をされていました。

  

f:id:gashin_shoutan:20190925224921j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224558j:plain

f:id:gashin_shoutan:20191006185342j:plain
大雄宝殿の隣にある凝香閣(ウンヒャンガク)の裏には写真1枚目の石段があり、これを登った先には全羅南道有形文化財第256号の「順天松広寺普照国師甘露塔」(写真2枚目右)があります。高麗時代の1213年建立。普照国師とは前述したように12世紀末に松広寺を発展させた普照国師知訥のことです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224610j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190925224515j:plain
この甘露塔のある高台に登ると、松広寺の全体が一望できます。手前には下舎堂(ハサダン、宝物第263号。写真2枚目)の姿も。屋根上にある屋根付きの換気口は寮舎(僧たちが寄宿する建物)の特徴だそうです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224807j:plain
左に目をやると、全羅南道有形文化財第254号の応真堂(ウンジンダン。奥に屋根と妻面だけ見えている建物。1623年築)があります。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224454j:plain
地上から見た下舎堂。現在も寮舎として使用されているようで、内部は関係者以外立入禁止です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224743j:plain
大雄宝殿の裏手の奥、高台になっている場所に建つ国師殿(ククサジョン)。高麗時代末期の1369年築。かつて松広寺が輩出した16国師の真影(肖像画)を祀りその徳を称えるために建てられたもので、「順天松広寺国師殿」として国宝第56号に指定されています。文化財の宝庫というべき松広寺でも建物(不動産)の国宝はこちらが唯一。ただし国師殿は関係者以外立入禁止のエリアに含まれるため、こうして遠目に見るのがやっとであり、間近で目にすることはできませんでした。
国師殿の向こう(南側)には全羅南道有形文化財第97号に指定されている真影堂(チニョンダン)、またの名を楓岩影閣(プンアミョンガク)がありますが、同じく立入禁止エリアとなっているうえ、国師殿の影となっているためその姿はほとんど見えませんでした(奥の妻面だけ見えている建物がそれ)。

 

f:id:gashin_shoutan:20191006174153j:plain
先ほど紹介した霊山殿のすぐ隣にて撮影。正面の大きな建物は海清堂(ヘチョンダン)。この海清堂を含むここから先(南側。写真左端の通路)は関係者以外立入禁止エリアとなっており、この一帯に国師殿や真影堂(楓岩影堂)も含まれます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190925224959j:plain
松広寺の厠間(측간:チュッカン)。要するにトイレです。韓国では一般に寺院のトイレを「解憂所」(해우소:ヘウソ)と呼びます。なんという美しい文字列なのでしょう。こちらは水洗でない旧式のトイレ、しかも便器はなく床に穴が開いているだけというものです(写真はこちら)。私が見た限り松広寺にはこの1か所しかトイレがありませんでした。

 

f:id:gashin_shoutan:20191006173413j:plain
松広寺(ソングァンサ)の入場時間は夏期が午前6時~午後7時、冬期が午前7時~午後6時。入場料は成人3,000ウォン(約270円)、学生2,000ウォン(約180円)。また内部にある「聖宝博物館」の入場時間は午前9時~午後6時(冬期は午後5時まで)、ただし午前11時~正午は昼休み。閉館30分前に入場締め切り。毎週月曜日と旧正月・秋夕の連休は休館、入館料無料(松広寺と共通)。
Korail「順天」駅からだと駅前の「順天駅(순천역)」バス停より市内バス<111>番に乗車、約1時間20分で到着する終点「松広寺(송광사)」で下車、一柱門までは徒歩約19分(約1.2km)。順天総合バスターミナルからだと徒歩約4分(約230m)の「バスターミナル(버스터미널)」バス停より市内バス<111>番に乗車(約1時間15分)、以下同じ。このように順天の市街地からはかなり遠く、また市内バス<111>番もー日21便(40分~1時間おきに1便程度)しかないので、ある程度時間に余裕を持ったご訪問をおすすめいたします。市内バス<111>番の時刻表はこちら(韓国語「ナムウィキ」へのリンク。「4.2. 시간표の[시간표 펼치기・접기]の箇所をクリックすると時刻表の画像が開きます)

松広寺(송광사:全羅南道 順天市 松光面 松光寺アンキル 100 (新坪里 12)) [HP]

 

f:id:gashin_shoutan:20190925225059j:plain
こうして松広寺の伽藍めぐりに夢中になっていたら、時刻はもう9時20分。今後のスケジュールを考慮すると、そろそろ登山道に入らなければなりません。羽化閣がまたぐ川べりに建つ獅子楼(サジャルー)を左に見つつ、松広寺を出発します。

それでは、次回のエントリーへ続きます。

本ブログ開設3周年を迎えて

こんにちは、ぽこぽこです。
諸事情により長らく更新を停止しておりまして、誠に申し訳ございません。
千夜誕であり、本ブログの誕生日でもある本日・9月19日から更新を再開します。

再開にあたってのテーマは、まずは直近の旅であり記憶も新しく、個人的に思い入れも強い全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市の旅を選びました。当該エントリー冒頭でも書いたように前回エントリーである全羅南道木浦(モッポ)市の旅の続きは順天の次か、または並行して更新いたします。また、その前に書いて途中で止まっている全羅北道(チョルラブット)群山(クンサン)市のシリーズは内容が若干古くなったため、追って本年8月の再訪分を織り交ぜつつ再開する予定です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918222529j:plain
2019年8月10日、映画『八月のクリスマス』撮影地「草原写真館」(全羅北道群山市)にて撮影。

 

本年に入ってからは現時点で計8回と、例年を上回るペースで韓国訪問の機会を得ることができました。
それぞれの旅で訪れた市郡は以下の通りです。

全羅南道木浦市と光州(クァンジュ)広域市が各3回とやたら多いのは、ともに1回ずつ主目的地として行ったことに加え、本年3月に開業したチェジュ航空の成田-務安(ムアン)線を利用した関係です(務安国際空港は両市からしかアクセス手段がないため)
これらの旅はその訪問地、また行く先々で出会った方々のいずれも思い出深いものです。そのすべてを紹介できるかどうかは分かりませんが、少しでも多く、その訪問スポットや出会い、おいしい料理の数々、そしてそのとき感じたことなどを自分の言葉で伝えられるよう励む所存です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918220502j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190918220616j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190918220722j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190918220837j:plain
写真は順に、ヒンヨウル文化マウルの映画『弁護人』撮影地(釜山広域市:2019年3月8日撮影)、臨津閣展望台から眺めた臨津(イムジン)江(京畿道坡州市:2019年4月27日撮影)、水原華城の龍淵越しに眺めた訪花隨柳亭(京畿道水原市:2019年6月17日撮影)、板橋(パンギョ)マウルの日本式家屋の街並み(忠清南道舒川郡:2019年8月10日撮影)。

現時点で韓旅の航空券予約は来春までにあと5往復分残っていますが、そのいずれも実現のめどは立っていません。これは私の個人的事情ではなく、主に利用しているジンエアーほか韓国の各航空会社が利用者数激減に伴いこの秋以降の日本線の減便・休航を発表しているからで、韓国の市民による相次ぐ日本訪問キャンセルがその主要因です。
この日本訪問キャンセルは、本年6月の韓国人元徴用工による日本企業を訴えた賠償請求の原告勝訴判決を受け、日本政府が韓国政府に司法判断への介入を迫り、拒否されるや今度は「ホワイト国」(輸出管理の優遇措置の適用対象国)からの除外という経済報復を強行したことに対し、本年夏から全国的に展開されている韓国市民の日本製品ボイコットの一環としてなされているものです。
そもそも個人請求権の不消滅は日本政府も過去に認めているものであり、また日本政府が求めた司法判断への介入は三権分立を無視する行為で、そのうえ「ホワイト国」除外については直接無関係の逆ギレというべき暴挙であって、こうした抗議行動は必然の帰結であるといえます。その責任はひとえに日本政府に、またそれを許容している私たち日本の市民にあります。
この状況を打破するには元凶たる安倍政権(自公政権)を退陣させる以外に道はなく、したがってそれは私たち日本の市民の責務ですが、他方である世論調査では徴用工裁判に従い日本企業が賠償すべきだと考える人がわずか1.2%しかいないという結果が出ています。民事訴訟というほとんどの市民に直接的利害のない事項ですら、韓国相手であればこのありさまです。どのような形であれ「韓国に頭を下げる」行為を忌避する人々がこれほどまで多いという事実に愕然としますが、数字を見るにどうやらこれが日本人「みんな」による「総意」の現実のようです。もしそうであるならば、私はその1.2%側として「みんな」の「総意」に抗うのみです。

前述した順天の旅先で出会った韓国の人々は、日本政府と市民とをはっきりと区分し、私のような日本からの訪問者を温かく迎えてくださいました。悪いのは(貴方のような日本人ではなく)安倍政権だとわざわざ話しかけてくださった方もいました。しかしそうした政府を過半数が支持するばかりか、従前から街頭ヘイトデモが警察による警護の中で許容され、デマをも厭わないTVのワイドショーをはじめメディアはこぞって韓国への憎悪扇動に明け暮れ、そして今日にも迫るヘイトクライムへの恐怖を口にする在日コリアンこそが集中砲火を受ける社会の一体どこが日本政府と違うというのでしょうか。
私たちは、これ以上韓国の方々の厚意に甘えてはいけません。

 

このように日韓の政治対立、いや正しくは日本側が一方的に官民一体で韓国憎悪を扇動する中、韓国を度々訪問しその人々や文化を知る方は「こんな時こそ」と韓国訪問をすすめます。その思い、焦燥感は十分すぎるほど理解できますが、「こんな時」を作り上げたのは私たちですので、それをいう資格はないと私は個人的に考えます。
私はこれまでと変わらず、今後も可能な限り韓国を訪問し、歴史とその記憶継承の取り組みを学び、食文化や観光名所などとあわせて本ブログやTwitterなどを通じて紹介してまいります。

最近は本ブログやツイートを韓旅の参考にした、というお言葉をときどき頂戴するようになりました。私にとってこれ以上の光栄はありません。引き続きご期待いただけますと幸いです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918221735j:plain
2019年8月30日、曹渓山将軍峰頂上(全羅南道順天市)にて撮影。

順天の旅[201908_01] - 麗水空港経由の順天訪問、中央市場内の気さくなご主人のマッコリ酒場

諸事情により長らく更新を停止していましたが、本日から再開いたします。
今回からは、本年(2019年)8月29日から9月1日にかけて訪問した全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市の旅をお届けいたします。前回のエントリーである全羅南道木浦(モッポ)市の旅の続きはこの順天の旅シリーズの次か、またはこれと並行して更新いたします。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918201611j:plain
今回の旅は、本年1月のセールで購入したジンエアーの成田-仁川線を利用。例年この時期に開催されている江原道(カンウォンド)春川(チュンチョン)市の「春川マッククスタッカルビ祭り」参加のために押さえていたチケットですが、このお祭りが本年から6月開催に変更されたため、以前から再訪を画策していた順天の旅に切り替えたものです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234014j:plain
仁川国際空港から順天への移動といえば、真っ先に思い出されるのはKTX全羅線(チョルラソン)。しかし今回はKTXではなく、順天市と南側で隣接する全羅南道麗水(ヨス)市内の「麗水空港」への空路を利用することに。そのため、まずは空港鉄道の一般列車で金浦国際空港へ移動します。金浦は昨年(2018年)6月の済州島(チェジュド)の旅以来の利用です。床がピカピカ。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234017j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190918204815j:plain
今回搭乗したのはアシアナ航空の国内線。金浦-麗水の正規料金は82,500ウォン(約7,500円:2019年8月現在。以下同じ)ですが、今回は割引運賃の46,500ウォン(約4,200円)にて購入。ソウル-順天間のKTX(普通車44,300ウォン:約4,000円)とほぼ同じだったうえ、調べたところ麗水空港からの移動を考慮してもより早く順天市内に到達できると分かったのでKTXの接続が悪いせいでもある)、今回はこちらを選択しました。まあ麗水空港を利用してみたかったというのも理由のひとつですが。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918201739j:plain
金浦-麗水線の所要時間は約55分。写真はありませんが、KTX全羅線と湖南線(ホナムソン)の分岐点でもある益山(イクサン)駅を眼下に見るポイントで、KTXと同様に南東方向へ旋回したのが印象的でした。
また機内サービスのドリンクには、コーヒーやオレンジジュースなど選択肢の中にまさかのトマトジュースが。思わずオーダーしてみました(写真)。口にしてみると、日本のそれよりかなり甘いです。もはやフルーツジュースの範疇。韓国のトマトジュース恐るべし。個人的には好きな味です。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234021j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234042j:plain
そして到着した麗水空港。もちろん利用は初めてです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234047j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234147j:plain
麗水空港は1972年開港の国内線専用空港です。現在の旅客ターミナルは2005年完工、翌年にはそれまで1,500mであった滑走路が2,100mに延長されています。現在は一日4便の金浦線のほか、一日3便の済州線も就航しています。釜山の金海(キメ)国際空港や大邱(テグ)国際空港などの軍民共用空港はとは異なり、麗水空港は純然たる民生用空港ですので、滑走路や駐機場なども写真撮影可です。こうした民生用空港は仁川国際空港や金浦国際空港のほか、地方空港だと同じ全羅南道の務安(ムアン)国際空港などが挙げられます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234157j:plain
麗水空港からは市内バス(路線バス)で順天市内へ移動します。麗水空港は場所こそ麗水市内とはいえ、中心地(ここでは市の代表駅周辺を指す)への所要時間は順天がずっと近く、そのこともあってか「麗水空港(順天)」などと表記されることがあるようです。そういえばアシアナ航空のeチケットにも「麗水/順天」とありました。以前は順天・麗水ともに市街地からの直行バスもあったそうですが、利用者低迷のため廃止されたとのこと。
写真のバス停は空港ターミナルを出てすぐ右側にあり、手前が麗水市内方面、奥が順天市内方面のりばです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234212j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234217j:plain
このバス停には麗水市内バス(写真1枚目:白とターコイズブルーのツートン)と順天市内バス(2枚目:マゼンタ1色にツルなどの白抜きの絵)の両方が到着します。ただ互いに相手方の市内に乗り入れているため、たとえば順天市内バスがやって来ても順天市内行きとは限りません(逆も同じ)。
しかも同じ市内だからか本数は圧倒的に麗水市内行きが多く、待てど暮らせど順天市内行きが来ません。これら麗水市内行きのバスを見送っていると、昨年秋の初訪問の際にとても印象のよかった麗水市内を再訪したい衝動にかられますが、それは願掛けの意味も込めて後日に取っておくことといたします。
そして40分あまり経過した7本目にしてようやく、順天市内行きの麗水市内バス(ややこしいな)<330>番が到着。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234234j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234248j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234239j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234258j:plain
写真は順に麗水市内方面の路線一覧と時刻表、順天市内方面の路線一覧と時刻表。バス路線番号は3で始まるものが麗水市内バス、9で始まるものが順天市内バスです。順天市内方面へ行く3路線のうち<330>番(麗水)と<960>番(順天)は麗水市内方面へ行く便も停まるため、乗車時には確認いただくことをおすすめいたします。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918202320j:plain
そして待ち時間よりも短い30分ほどで、順天駅前に到着。順天訪問は本年(2019年)2月以来、半年ぶりです。
今回の宿泊地は順天最大の在来市場、アレッチャンそばの定宿となっているホテル。アレッチャンまで直行する<96>番・<960>番順天市内バスとは異なり、<330>番麗水市内バスは順天駅前が終点ですので下車して乗り換えます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234324j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234332j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234342j:plain
荷物をホテルに置き、夕陽に染まる順天市内へくり出します。余談ですが、この日の順天の日没はちょうど午後7時。この時点で時刻はまだ午後6時55分前後でした。もしKTXを利用していたならば、いまごろはまだ全羅北道の南原(ナムォン)駅を発って少しくらい。おそらくこの順天の夕焼けを見ることはかなわなかったわけです。あれだけ長くバスを待たされてもなお空路には強みがあります。
次の日には、徒歩での長距離移動が控えています。いい天気になりますように。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234352j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234401j:plain
かつての「順天府邑城」(スンチョンブ・ウプソン。こちらのエントリーにて紹介)の南端側を東西に流れる「玉川(オクチョン)」。浅く緩やかな流れのため、整備された川岸ともども順天市民にとっての憩いの場になっています。川面の上にはたくさんの電飾が。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234409j:plain
まずやって来たのは、その玉川と並行する商店街、中央市場(チュンアン・シジャン)。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234654j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234426j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234456j:plain
食料品店が並ぶこの商店街の玉川(南)側には東西に長い市場建物があり、その東端にこの日の夕食目当ての店「クッスニネパッチッ(끝순이네밥집)」があります。
こちらは訪問に先立ち、順天市内で雰囲気のよさそうな酒場を検索していた中でたまたま見つけたものですが、看板と名刺以外には写真がなかったため、本当に営業しているかどうか実際に訪れるまで気が気ではありませんでした。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234509j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234526j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234538j:plain
市場の片隅、仕切りのない一角がお店のエリア。市場はすでに電気が消えていますが、お店の周囲だけは点灯しています。客席には3組の来客が。いずれも50代前後の男性で、うち2名のグループを除けば一人ずつ。おひとりさまの先客がいると入りやすさが増しますね。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234551j:plain
酒類の冷蔵庫。マッコリだけでも6種類もあります。後述する「61号ミョンテジョン」もそうでしたが、順天の酒場はマッコリの品ぞろえが豊富なイメージがあります。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234619j:plainお酒はもちろんマッコリ。銘柄はおまかせしたところ、写真の淡い紫色のマッコリが出てきました。ラベルには「킹스베리 아로니아 막걸리(キングスベリー・アロニアマッコリ)」とあります。飲んでみると甘酸っぱくておいしい。もちろん順天の地マッコリです。
アロニアとは北米原産のバラ科の果樹で、キングスベリー(あるいはチョークベリー)はその果実を指します。ブルーベリーの約4倍ものアントシアニンなど有効成分が多数含まれ、中世ヨーロッパの王族が好んで食べたことから「キングスベリー」の名がついたとされています。日本ではなじみのない果物ですが韓国では割とメジャーな存在のようで、検索するとさまざまな加工食品が出てきます。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234558j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234604j:plain
こちらのお店は後述するように単品料理もありますが、とりあえずお酒を頼むと写真のおつまみセットが出てきます。おいしかったです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190918211433j:plain
マッコリ2本目に突入。今度は自分で選んだフンマヌル(흑마늘:黒ニンニク)マッコリ。こちらは順天からも近い高興(コフン)郡の地マッコリです。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234501j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234633j:plain
看板兼用のメニュー表の下には紙に手書きされた単品メニューが。いちばん左、5,000ウォン(約450円)のトゥブ(두부:豆腐)を注文します。韓国のトゥブは日本の木綿豆腐のような食感で、写真のようなそのまま、あるいは焼いたものがマッコリのおつまみとしてよく出されます。安定のおいしさ。
そしてお会計。なんと11,000ウォン(約1,000円)。前述したようにトゥブが5,000ウォンですので、マッコリ2本とおつまみセットは計6,000ウォン。文字通りの「せんべろ」です。次のお店のことを考慮して飲食量を控えたとはいえ、あまりにも安すぎる。ありがたい以上に申し訳ないくらいの思いです。

こちらのお店のサジャンニム(「社長」「店主」の意)の女性。別のお客さんとも活発に会話をされるうえ、ラジオで懐メロが流れると踊り出してしまう気さくな感じの方でした。入店後、下手っぴな韓国語のため日本人であるとばれてしまった後も変わらず温かく接してくださったという。店内の写真を撮りまくっていたとき「どうして写真を撮るの」と尋ねられた際にも、SNSなどで紹介するためだと答えると快く協力してくださったサジャンニム、本当にありがとうございました。次に順天を訪れたときにも必ずやまた訪問し、もっともっといっぱい注文します。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234654j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234419j:plain
こちらのお店「クッスニネパッチッ」の営業時間は不明ですが(確認しませんでした。すみません)、少なくとも私が滞在した午後8時時点ではまだ営業していました。
Korail「順天」駅からだと駅前の「順天駅(순천역)」バス停より<1><13><14><15><16><18><30><31><32><33><34><35><51><52<53><66><71><94><95><96><97><98><111><960>のいずれかの市内バスに乗車、約10分(6つめ)で到着する「中央市場(중앙시장)」で下車、徒歩約3分(約180m)順天総合バスターミナルからだと徒歩約4分(約230m)の「バスターミナル(버스터미널)」バス停より前述のいずれかの市内バスに乗車、約5分(3つめ)で到着する「中央市場(중앙시장)」で下車.以下同じ
中央市場の建物にはいくつかの入口がありますが、いちばん東側(バス通りから見て奥側)の入口に写真の看板が立てられているので、すぐお分かりいただけるかと思います。

クッスニネパッチッ(끝순이네밥집:全羅南道 順天市 中央市場キル 18 (南内洞 119-1))

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234707j:plain
クッスニネパッチッを出るとすっかり夜の雰囲気に。まばゆい電飾の玉川。


f:id:gashin_shoutan:20190917234724j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234733j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190917234745j:plain
しかし今夜の行動はまだ続きます。再び市内バスに乗り、今度はホテル近くのアレッチャンへ。以前にこちらのエントリーでも紹介した市場内の名店、「61号(ユクシビロ)ミョンテジョン」にてこの夜2度目の夕食を味わうためです。
こちらのお店が元祖だという順天湾の干潟名産のチルルッケ(찔룩게:ヤマトオサガニ。学名:Macrophthalmus japonicus)を揚げたチルルッケティギム、屋号にもなっているミョンテジョン(명태전:スケトウダラのチヂミ)をはじめとするジョン(日本でいうチヂミ)の数々、そして何種類ものマッコリ。過去1年間で3回の順天市訪問の度に訪れてきたこちらのお店、その味を想像しただけで目じりが下がってしまいます。
お店があるのは市場内の屋根付き広場。ここは毎週金・土曜日限定で開催される夜市場(ヤシジャン)の会場でもありますが、この日(8月29日)は木曜日。常設店もほとんどが店じまいし、ひっそりとしています。

 

f:id:gashin_shoutan:20190917234753j:plain

f:id:gashin_shoutan:20190918212634j:plain
そんな中でも午後9時までは営業しているはずの61号ミョンテジョン、しかしまだ閉店時間前なのにお店の明かりが灯っていません。胸騒ぎを抑えつつお店に近づくと、店先には「膝の手術後に元気な姿でまたお目にかかります」と書かれた1枚の張り紙が(電話番号の記載箇所のみ加工しています)。どうやらご主人の手術のために臨時休業しているご様子です。
私にとってはそれ自体が順天訪問の目的のひとつと言っても過言ではない61号ミョンテジョン。名物のチルルッケティギムや各種ジョンを当面食べられないのは残念ですが、まずはご主人の健康が最優先です。膝が完治し、営業を再開されたときには必ずやまた再訪いたします。

こちらのお店「61号ミョンテジョン」のすごさについては、下記エントリーの前半にて紹介いたしております。ご興味のある方はあわせてお読みいただけますと幸いです。

 

お腹の具合はもう少し物足りない感じですが、翌日は朝が早いことに加え、前述したように長距離を歩く予定があります。この日の一人飲みはおとなしくここまでにして、ホテルへと戻るのでした。

それでは、次回のエントリーへ続きます。

(c) 2016-2021 ぽこぽこ( @gashin_shoutan )本ブログの無断転載を禁止します。