前回のエントリーの続きです。
韓国・大邱(テグ)広域市を巡る旅、明けて2日目(2017年6月10日(土))です。
早朝の大邱駅。この日もいい天気です。
この日最初に向かったのは、都市鉄道(地下鉄)2号線「パンコゲ」駅の近くにある「パンコゲムチムフェコルモク」。大邱を代表する10種の料理「大邱十味」のひとつに数えられる「ムチムフェ」(무침회)の専門店が午前7時から開店しているとの情報を得たためですが、訪問してみるとまだ準備中。正確な開店時間は午前10時とのことでしたので、開店待ちを兼ねて近場にある次の目的地へ向かうことに。
パンコゲ駅からムチムフェコルモクとは反対方向に十数分ほど歩いた場所に、この日最初の目的地となる「頭流(トゥリュ)壁画マウル」があります。
狭い路地が密集した住宅の間を縫うように走ることから「迷路(ミロ)マウル」の異名を持つ、達西区(タルソグ)頭流洞(トゥリュドン)の一角の住宅街を壁画で飾ったもので、大邱でも特に規模の大きい壁画マウル(マウルは村、集落の意)として知られています。
これまでにも何度か紹介してきたように、私にとっての韓国の旅での楽しみのひとつがこうした壁画マウルの探訪です。それではさっそく中に入ってみたいと思います。
頭流壁画マウルの入口にある案内図。これまた壁画です。
こちらの壁画マウルでは、写真のような順路を示す番号と矢印があちこちに表記されていました。特に案内図を持たなくとも巡りやすくなっています。
頭流壁画マウルの背後に建つのは大邱のランドマーク、大邱タワー。土台の丘を含めると海抜260m、83階相当の高さであることから「83(パルサム)タワー」の異名を持っています。タワーと壁画とのコントラストがたまりません。
頭流壁画マウルを彩る壁画の数々。
こちらの壁画マウルでは、写真の肉まんみたいな頭をしたキャラクターをよく見かけました。作家さんのオリジナルキャラでしょうか。こういうの好きです。
出窓でうたたねする女性の壁画。好きな絵柄なのですが、経年劣化により壁画のペンキがはがれつつあるのが心配です。
頭流壁画マウルでは、写真のような砕いたタイルを組み合わせたモザイク様の壁画をよく見かけました。なんだかなごみます。
この「頭流壁画マウル」、前述したように都市鉄道(地下鉄)2号線「パンコゲ」駅が最寄り駅で、同駅2番出口から徒歩だと約18分(約1.2km)ほどで到達できます。穏やかな気持ちになれる壁画が盛りだくさんのおすすめのマウルです。
頭流壁画マウル(두류벽화마을:大邱広域市 達西区 パドコゲ路8ギル 37 (頭流洞 803-69)一帯。リンク先は案内図の壁画があるマウルの巡回路入口)
ゆっくり見回っていたら、あっという間にムチムフェの店の開店時刻まで30分足らずとなったので、急いでムチムフェコルモクへ戻ります。この日予定していた4回の食事を考えると、一刻も早く食べておきたいですから。
しかし、その帰り道にまた別の壁画マウルを発見。こういう場所を見つけるとどうしても寄らずにはいられない性分です。
こちらは「支援奉仕壁画ギル」といい、「大邱広域市支援奉仕センター」という建物の周囲の路地をさまざまな壁画で彩ったものです。
支援奉仕壁画ギルを彩る壁画の数々。
こちらにもあの肉まんっぽい頭のキャラクターが。頭流壁画マウルと同じ作者さんによるものでしょうか。
先の「頭流壁画マウル」をご訪問の際には、こちらの「支援奉仕壁画ギル」もあわせて訪れることをおすすめいたします。
支援奉仕壁画ギル(자원봉사벽화길:大邱広域市 達西区 聖堂路 291 (頭流洞 776-8)。リンク先は上の案内図のある「大邱広域市支援奉仕センター」の位置)
再びムチムフェコルモクへ。立ち並ぶ15軒前後のムチムフェ屋さんの中から、今回は事前に調べてきた1980年創業の「トルトリ食堂」へ。ちなみに「トルトリ」(똘똘이)とは「おりこうさん」の意。
メニュー表には「ムチムフェ(小)」14,000ウォン(約1,400円:当時)とあります。「小」とは言ってもその分量は2人分。いつものように「1人でも食べられますよ」アピールをして席に着きます。
ムチムフェ(무침회)とは30年ほど前にここ大邱で生まれた料理とされており、前述したように「大邱十味」のひとつにも数えられています。直訳すると「和え物の刺身」となりますが、具材であるイカ、サザエなどの魚介類はいずれも前もって加熱されています。内陸部に位置する大邱ではかつて鮮魚類の入手が難しかったため、必然的にこのようなスタイルになったとのこと。
そしてやって来た器いっぱいのムチムフェ。魚介類とムー(大根)、ミナリ(セリ)が真っ赤なヤンニョムで和えられています。おいしいのですが、見た目の通りに激辛で、食べ進めるのに苦戦します。単に辛いだけではなく若干の酸味もあり、ソジュ(焼酎)やビールには合いそうです(この日は次の訪問予定を考慮して遠慮しましたが)。お酒のおつまみとしてちびちび食べるのが本来のスタイルみたいですね。
メニュー表には14,000ウォンとありましたが、伝票を見ると半分の7,000ウォン(約700円)となっていました。どうやらお店の方が気を利かせて「小」をさらに半分(1人分)にして出してくださったようです。それにしてもあの量で1人分とは。
こちらのお店「トルトリ食堂」の営業時間は午前10時~午前0時、名節(旧正月・秋夕)休業。店内での飲食のほか、ポジャン(포장:テイクアウトの意)も可です。
トルトリ食堂(똘똘이식당:大邱広域市 西区 達句伐大路375キル 31 (内唐洞 895-12))
地下鉄で中央路(チュンアンノ)駅まで戻り、次の目的地へ向かいます。
その途中にあるのが、こちらの「慶尚監営(キョンサンカミョン)公園」。
朝鮮時代、現在の韓国を含む朝鮮半島には全国8道それぞれの長として観察使(監使)という官職が置かれていました。そのうち慶尚道(キョンサンド)を受け持った観察使が執務するための統治機関として、1601年に当時の大邱都護府に設置された「慶尚監営」があったのがまさにこの場所です。その後1910年から1965年まで同じ場所にあった慶尚北道庁舎が別の場所へ移転した後、1970年に「中央公園」として造成されたのがこちらの慶尚監営公園で、1997年には改装とあわせて現在の名称に改められています。
慶尚道観察使の執務室である宣化堂(선화당:ソンファダン。大邱広域市有形文化財第1号)。現在の建物は1807年に再建されたものです。その正面には宝物842号「大邱宣化堂測雨台」(대구 선화당 측우대)のレプリカも(本物はソウルの気象庁に保管)。
観察使の居所であった澄清閣(칭청각:チンチョンガク。大邱広域市有形文化財第2号)。現在の建物は1807年に再建されたものです。
大邱随一の繁華街である東城路、および最寄り駅である中央路駅のすぐ近くに位置するこの慶尚監営公園は、かつての慶尚監営の歴史を伝えるのみならず、都市の中央公園としての機能を果たし、今日も大邱の人々の疲れを癒しています。
慶尚監営公園(경상감영공원:大邱広域市 中区 慶尚監営キル 99 (布政洞 21)。史跡第538号)
慶尚監営を通り過ぎた先に、目的地であるこちらの建物「ヒウム日本軍『慰安婦』歴史館」があります。
中国や東南アジアなど侵略先を中心に広範にわたって設置された日本軍の「慰安所」と、そこで性奴隷としての業務に強制的に従事させられ性暴力を受けた元「慰安婦」たちの実態、そして大邱を含む慶尚北道出身の元「慰安婦」の方々の証言とその所持品を展示し、その人生を再照明するための施設として、かつての日本家屋を改装し2015年12月に開館した施設です。
「ヒウム」(희움)とは、この施設を開館した団体「挺身隊ハルモニと共にする市民の会」(정신대 할머니와 함께하는 시민모임)による造語で、「희망을 꽃피음」(「希望を花咲かせる」の意)を短縮した語であるとのことです。
展示物を含む内部は写真撮影可であり、私も実際に撮影してまいりましたが、展示物についてはここではあえて紹介しないことといたします。大邱を訪れる機会のある方であれば、実際に訪問のうえ、直に展示物に触れていただきたいので。
写真は中庭にあったライラックの木。樹齢90年以上とありました。「慰安婦」として日本軍の進撃する先々で蹂躙された女性たちとほぼ同世代の樹木です。
写真は2階の廊下。この階では地元・大邱の出身であり、主にビルマ(現ミャンマー)の日本軍「慰安所」にてその意に反して「慰安婦」としての業務に従事させられた、文玉珠(문옥주:ムン・オクチュ、1924-1996)さんに関する資料やパネルが中心に展示されていました。
「ヒウム日本軍『慰安婦』歴史館」の開館時間は午前10時~午後6時。日・月曜日は休館日です。観覧料金は2,000ウォン(約200円:当時)。繰り返しとなりますが、大邱を訪れる機会のあるすべての日本人が実際に訪問し、史実に、そして被害者たちの告発に接していただきたい場所です。
ヒウム日本軍「慰安婦」歴史館(희움‘위안부’역사관:大邱広域市中区慶尚監営ギル50 (西門路1街 79-1)) [HP]
それでは、次回のエントリーへ続きます。