かつてのTwitterアカウント(削除済み)の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

順天の旅[201810_00] - 天の意に従うという名を持つ街、そしてあの映画の舞台を歩く

今回はいつもと趣向を変えて、ちょうど本エントリー公開の直前(2018年10月27日~29日)に私が訪問した街、全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市について紹介したいと思います。

 

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順天市は全羅南道の南東部に位置する人口約28万人、面積約907平方km(香川県の約1/2)の地方都市で、東は光陽(クァンヤン)市、西は宝城(ポソン)郡と和順(ファスン)郡、南は麗水(ヨス)市、そして北は谷城(コクソン)郡と求礼(クレ)郡に接しています。
順天という地名は高麗時代後期の1310年に初めて記録に登場し、それまで当地は昇平(スンピョン)あるいは昇州(スンジュ)などと呼ばれていました。「順天」には中国の儒学者孟子の言葉「順天者存 逆天者亡」にもみられるように天の意に従うという意味があり、かつて順天一帯での生活環境が厳しいものであったことをうかがわせています。

 

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順天市の訪問は、実は一昨年(2016年)10月の楽安邑城民俗村(낙안읍성민속촌:ナガンヌプソン・ミンソクチョン。写真)に続き今回が2度目ですが、楽安邑城は隣接する宝城郡筏橋(ポルギョ)邑寄りの街はずれにあり、順天市の中心部の訪問は今回が初めてです。
今回の順天の旅についてはいずれ本ブログでもじっくり紹介いたしますが、まだまだ先のこととなりそうですので、まずは今回訪問したスポットについて簡単に紹介したいと思います。訪問中にしたツイートとあわせて、順天という街を知る手助けとなるようであれば幸いに存じます。

 

●アレッチャン
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アレッチャン(아랫장)とは1977年に南部市場として開設された在来市場で、2009年に「下の市」を意味する現在の名称に変更されました。面積3万3千平米の敷地内で末尾が2・7の日に開催される五日市は1日2万人が訪問し韓国でも最大規模とされ、それ自体が順天の一大観光スポットとなっています。私が訪れた日(10月27日)はまさに五日市の日。場内のいたるところに、そして近隣の路上にまで露店があふれていました。

 

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このアレッチャンでは毎週金・土限定で、午後6時から10時にかけて夜市場(ヤシジャン)が開催されています。会場は市場の中央に位置する屋根付きの広場。夜市場にはつきものの飲食屋台がいくつも出店しているほか、舞台では観客を巻き込んだステージイベントが。かなりの盛り上がりに包まれていました。

 

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夜市場にはこの時間帯限定の飲食屋台のほか、広場に面した常設の飲食店もあります。今回私が訪れたのはこれらのうち「61号ミョンテジョン(61호 명태전)」というお店。順天湾の干潟名産のチルルッケ(찔룩게:ヤマトオサガニ。学名:Macrophthalmus japonicus)を揚げた「チルルッケティギム」(찔룩게 튀김)、そして屋号にもなっているミョンテジョン(명태전:スケトウダラのチヂミ)のいずれもうんまかったです。写真にもあるように、こちらでは何種類かのマッコリも準備しています。この日は夜市場で賑やかでしたが、非開催の日は酒場らしい情感であふれていそうなお店です。いつかまた訪問したいものです。

 

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なおアレッチャンの周辺には、他地域の在来市場もまたそうであるように、クッパ(국밥)を扱う飲食店が多数立地しています。
すばやくお腹を満たすことができ、寒い時期には身体を温めてくれるクッパは、韓国の市場で働く人々に最も愛されているメニューだといえるでしょう。今回の旅ではこれらのうち2つのお店を訪問しました。詳細についてはいずれ本ブログにて紹介したいと思います。

 

●順天湾国家庭園・順天湾湿地  

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私も誤解していたのですが、「順天湾国家庭園」と「順天湾湿地」は全く別物であり、距離もそこそこ離れています。ただし乗用車のほか、後述する交通手段により相互を往来することは可能です。
まず市街地寄りの「順天湾国家庭園(순천만국가정원)」は、2013年の「順天湾国際庭園博覧会」の際に開園した、約112万平米(約34万坪)もの広大な公園です。場内には韓国庭園のほか、ドイツ庭園や日本庭園など博覧会に出展した世界各国の庭園もあります。また夜間は美しくライトアップされ、幻想的な雰囲気が漂います。

 

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続いて「順天湾湿地(순천만습지)」。
順天市が面する順天湾、およびその先に続く汝自湾(ヨジャマン)は浅瀬の干潟により形成された湿地帯であり、ラムサール条約にも登録されています。その湿地上に木製デッキの通路が設けられ、訪問者は湿地帯を踏み荒らすことなく(そして訪問者自身も汚れることなく)順天湾湿地を堪能できるようになっています。
季節によってその姿を変える順天湾湿地。私が訪問した秋は黄金色のカルデ(갈대:葦)が美しい時期であり、先の順天湾国家庭園では「順天湾カルデ祭り」が開催中でした。
また冬には韓国の天然記念物第228号に指定されるフットゥルミ(흑두루미:ナベヅル、学名:Grus monacha)が越冬のため飛来し、その縁で順天市は同じくナベヅルの越冬地である鹿児島県出水市と姉妹都市縁組を結んでいます。
加えて今回は見ることができませんでしたが、順天湾の一部地域には季節に応じて七色に変化することからその名がついた塩生植物「七面草」(칠면초:チルミョンチョ)が群生しており、中でもその色が赤く染まる秋は美しいことこの上ないそうです。

 

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私のように公共交通機関を利用した訪問者にとって、順天湾国家庭園と順天湾湿地との間を移動する場合に便利なのが、写真の「スカイキューブ」です。
スカイキューブとは順天湾国家庭園内にある「庭園」駅と、順天湾湿地の少し手前の「文学館」駅とを結ぶ韓国初のPRT(個人用高速輸送システム)で、6人乗りのおにぎり型の車両が全長約4.6kmの路線を10分弱程度かけてトコトコ走ります。料金は大人往復8,000ウォン(約800円)。日本にはないタイプの交通機関であり、これ自体がある種アトラクションのような存在です。国家庭園や湿地の観光とあわせてのご利用をおすすめいたします。

 

●鉄道文化マウル

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順天市稠谷洞(チョゴクトン)、Korail順天駅の裏側の緩やかな斜面一帯には「鉄道文化マウル」と呼ばれる住宅地があります。
こちらは1930年代、当時の南朝鮮鉄道光麗線(現・Korail慶全線)の開通や順天への鉄道局設置と前後して日本が建設した鉄道職員の官舎村で、4等~8等の日本式家屋による官舎が数十棟建設されました。それらのうちいくつかが改装や補修を経て今日まで住居として利用されています。これらのうち6等以下の官舎の特徴は、1棟の家屋を半分に仕切り、2世帯で使用したこと。外部からも中央部の仕切り線がはっきりと見て取れます。現在も2世帯での使用例が多いようです。

 

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鉄道文化マウルの一角には「順天鉄道マウル博物館」があります。玄関上の施設名表記が、どこかで見たことのあるスタイルですよね。内部は実際に用いられた鉄道用品の展示、マウルと順天鉄道局の歴史紹介など。あわせての観覧をおすすめします。

 

●順天府邑城(址)

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順天の旧市街である中央洞(チュンアンドン)・南内洞(ナムネドン)・栄洞(ヨンドン)・幸洞(ヘンドン)一帯には、かつて「順天府邑城」(순천부읍성:スンチョンブウプソン)がありました。
邑城とは倭寇などの侵入を防ぐため、客舎(객사:ケクサ。国外などから来た賓客の宿舎。地方官衙では最上級の施設)など主要施設を含む市街地を城壁で囲んだもので、前述した「楽安邑城」もこれと同じものです。順天府邑城は朝鮮時代初期の1430年に都巡問使の崔閏徳(최윤덕:チェ・ユンドク、1376-1445)により着工された周囲1,580メートル・高さ7メートルの石積みの城壁で、1453年に完工しています。画像1枚目の古地図はまだ邑城が現存していた1872年に描かれた「全羅左道順天府地図(전라좌도순천부지도)」のうち邑城の箇所を拡大したもので、城壁が丸く描かれています。
下側がへこんだ半円形をしていた順天府邑城は日帝強占期に破壊され、現在は跡形もありませんが、現在は画像2枚目の地図にもあるように道路となっているほか、法定洞(日本の「●●市●●町」に相当)の区画にその名残が見て取れます。これらのうち西門址近くの元城壁の道路は一部が記念庭園となっているほか、南門址そばには2020年竣工を目指して「順天芸術広場」が建設中です。


以上のほか、今回は時間の都合で訪れることはできませんでしたが、順天には「松広寺」(송광사:ソングァンサ)と「仙岩寺」(선암사:ソナムサ)の2大寺院が市内の曹渓山(조계산:チョゲサン、884m)を挟むように位置しています。
まず松光面(ソングァンミョン)にある松広寺は国宝4点や宝物27点などの文化財を擁し、韓国の三宝(仏宝、法宝、僧宝)寺刹のひとつである僧宝寺刹(優れた僧侶を最も多く輩出することで得られた名)として知られています。
また昇州邑(スンジュウプ)の仙岩寺はアーチが美しい石橋の昇仙橋(スンソンギョ)など14点の宝物を擁し、本年(2018年)6月には「山寺、韓国の山地僧院」として他の6つの寺院とともにユネスコ世界文化遺産にも登載されています。

 

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順天を訪問される際には、少し足を延ばして南の麗水(ヨス)市もご訪問いただくことをおすすめします。麗水市は人口約29万人の港町で、2012年開催の万国博覧会「麗水国際博覧会」でご存じ、あるいは訪問されたという方も少なくないことでしょう。こちらも国宝第304号の「鎮南館」(진남관:チンナムグァン。2020年まで解体修理のため観覧不可)をはじめとするスポットがたくさんあるほか、私が個人的に関心を抱いている1948年の「麗水・順天事件」の史跡も数多く存在しています。

今回の順天と麗水の旅は、いずれ必ず本ブログにて紹介いたします。ご期待ください。

 

 

  

【付記】映画『タクシー運転手』と順天

※以下、2017年制作、2018日本公開の韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(原題『택시운전사』。以下、『タクシー運転手』と表記します)につき、必要最小限の範囲でストーリーに言及しております。必要最小限とはいえ、これから映画をご覧になる方の中には「ネタバレ」となる可能性があるかと存じます。同映画をまだご覧になったことのない方は、以上につきご理解のうえ、以下の文につき読み進めていただくかどうかをご判断願います。

 

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1980年5月の光州広域市における「5.18民主化運動」(5.18民衆抗争、光州事件)を題材とし、本ブログでも幾度となく紹介した2017年の韓国映画、『タクシー運転手』。
この作品には、2つの「順天」が登場します。

ひとつは映画序盤、ソン・ガンホさん演じる主人公マンソプが愛車のフェンダーミラーを修理するため訪れた自動車整備工場「城東カー工業社」(写真)がある「順天」です。
こちらは設定上だとマンソプが愛する娘と暮らすソウルの市内となっていますが、ロケ隊が80年代初頭の雰囲気漂う整備工場を全国から探した結果、順天にあるこちらの整備工場に行き着いたとのことです。

 

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もうひとつは映画中盤に登場する、ソウル・東京・光州と並ぶ本作の舞台となった4つの街のひとつとしての「順天」です。
ドイツ人ジャーナリストのピーター(ユルゲン・ヒンツペーター)を乗せて戒厳軍の封鎖下にある光州市内に入ったマンソプは、その後ピーターを残して光州を脱出し、順天へたどり着きます。
この日(1980年5月21日)はちょうど、韓国の祭日「부처님 오신 날(釈迦誕生日)」でした。わずか90kmほどの距離にある光州での惨劇が、まるで嘘のように平和な休日の順天。その中で登場する順天のバスターミナルは、実は遠く離れた慶尚北道キョンサンブット)星州(ソンジュ)郡にある「星州バス停留場」にて撮影されたものです(写真は2018年7月撮影)

 

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こちらは現在の順天総合バスターミナル。1980年当時から存在する建物ですが、改装を経た現在の姿を知ったロケ隊が当時のターミナルの姿に似た物件を探した結果、星州バス停留場の建物が選ばれたとのことです。

順天の市場で買ったおしゃれな靴を土産に、いったんは娘の待つソウルへ一人で帰ろうとしたマンソプ。しかし立ち寄った順天バスターミナルの食堂で、光州の惨劇を大学生などの暴動のように報じる検閲下の歪曲報道に接し、激しい衝撃を受けます。
光州の惨劇が軍によるものだという真実を世に知らしめるためには、ピーターを、その撮影した映像とともに無事ソウルへ送り届けなければならない。しかし光州へ戻れば今度こそ殺されるかもしれない。
辛く苦しい葛藤を経て、マンソプは順天の街中をUターンし、危険を承知で再び光州へ向かいます。帰りを待つ娘には電話口で「お父さんが……お客さんを置いてきた」と告げて。

 

日本は5.18当時の光州のように物理的な暴力が公然と振るわれる社会ではありません。しかし「慰安婦」問題への国民一丸レベルでの史実否認と被害者への侮辱、朝鮮学校への行政による露骨な差別政策と司法による追従、そして先日の韓国徴用工裁判の判決に対する首相はじめ日本の閣僚主導によるダイレクトな憎悪扇動を見るに、もはや「物理的な暴力」以外のあらゆる条件は整いつつあるのかもしれません。

マンソプは順天で軍事政権下の韓国社会の現実を知り、すんでのところで引き返すことができました。そしてマンソプは再びやって来た光州で、自らの生命の危機を顧みず戒厳軍の集団発砲による負傷者の救助に携わります。
私が、そして本ブログをお読みいただいているみなさまが、いまこの瞬間まさしく「順天のマンソプ」なのです。

 

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余談ですが、星州バス停留場の建物内にはマンソプがククスをむさぼるように吸い込んだ食堂もあります。検閲下の歪曲報道を知ったあの食堂です。こちらは平日のみ営業だそうで、あいにく私が訪問した土曜日(2018年7月21日)は店休日でした。いずれ必ずや再訪したいと思います。

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