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主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

木浦の旅[201712_01] - 木浦駅前の超うんまいピョヘジャンクッ、徒歩約1時間半の近代建築巡り

今回からは、昨年(2017年)12月1日(金)から同月4日(月)にかけての全羅南道(チョルラナムド)などの旅をお届けします。

 

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今回の往路はいつも以上に所要時間がかかるため、久々に深夜2時発のピーチの羽田-仁川便を利用(写真がピンぼけですみません……)。
経由地である全羅南道の木浦(モッポ)までは湖南線(ホナムソン)KTXを利用するため、空港鉄道の始発でソウル駅へ移動します。

 

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ソウル駅に到着。本来ならばそのまま列車を待つところですが、少し時間に余裕があったうえ、予約した列車がたまたま「幸信(ヘンシン)」駅始発であったため、Korail京義・中央線(キョンウィ・チュンアンソン)で同駅まで移動することにしました。
それにしても12月初旬の早朝のソウル、予想していたとはいえかなり寒いです。コーヒー飲みたい。

 

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ソウル駅、京義中央線ホーム。この路線はもともと京義線と中央線とに分かれていたものを2014年に地下線で連結し、現在は直通運転がなされていますが、京義線の本来の起点はここソウル駅であり、地下線開業後も細々と運行が続けられていました。
写真のホームはちょうどこの3日前(2017年11月28日)、KTX京江線キョンガンソン)乗り入れ工事に伴い、駅西側にあったものを東側の旧駅舎脇に移設したばかり。みなさまもよくご存じの日帝強占期に建てられた旧駅舎が、2004年のKTX開業に際しその役割を新駅舎にバトンタッチして以来、13年ぶりに駅舎として復活したわけです。
もっとも地下線の龍山(ヨンサン)駅だと日中の閑散時間帯でも1時間に4本は電車が走る地下線に対し、こちらはラッシュ時以外だと1時間に1本しかないという……。

 

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幸信駅に到着。何の変哲もない通勤駅です。

 

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しかし、構内には屋根付きの長い通路が伸びています。
実はこの幸信駅、KTX車両基地と隣接しており、住民への見返りのために同駅発着の列車が回送がてら設定されているというわけです。

 

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今回乗車するのは写真のKTX-山川(サンチョン)。当然ながら利用客も少なく、ほぼガラガラの状態で幸信駅を出発します。まあ次のソウル駅では乗客がどっと乗ってくるわけですが。

 

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幸信駅を発ったKTXは次のソウル駅までの間、並走する京義中央線の各停に追い抜かれるほどゆっくり走ります。その途中の新村(シンチョン)駅付近、車窓左手に現れるのが写真の延世(ヨンセ)大学校正門。1987年6月9日、同大生の李韓烈(이한열:イ・ハニョル/イ・ハンニョル、1966-1987)烈士が頭部に催涙弾の直撃を受けたまさにその現場です。

 

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忠清南道(チュンチョンナムド)清州(チョンジュ)市、「五松(オソン)」駅の少し手前にある「韓国鉄道公社五松高速鉄道施設事務所」には、待機中の高速試験車両「HEMU-430X」が。こちらは動力集中方式(プッシュプル方式)のKTXとは異なり、動力分散方式の電車です。
KTX-山川をも凌ぐ精悍な流線型の先頭車、上下2段の窓配置が特徴的な「スナックカー」も遠目ではありますが写真に収めることができました(写真は拡大したもの)。

 

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幸信駅を出て2時間半ほどで光州(クァンジュ)広域市の「光州松汀(ソンジョン)」駅に到着。向こうのホームには光州駅へ行くムグンファ号シャトル列車が。
この駅で下車せずに通り過ぎるのは今回が初めて。新鮮な気分です。

 

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幸信駅から2時間59分、ソウル駅からだと2時間36分で終点の木浦駅に到着。木浦へやって来たのは初めてです。日が昇ったからでしょうが、ソウルよりはずいぶん暖かかったです(でも東京よりは寒かったですが)。行き止まりの線路に面したホームの先には「湖南線終着駅」の石碑が。

KTX専用線は光州松汀駅までですので、そこから木浦駅まではこの年の5月に訪問した羅州(ナジュ)駅経由の在来線を通ってきました。
光州松汀駅から羅州駅の少し先までこの在来線と並行した後、現在は鉄道のない務安(ムアン)国際空港へ寄るため大きく迂回して木浦へと至るKTX専用線の建設が決定しており、まもなく着工予定です。現状よりも遠回りになるとはいえ最高時速300kmで走れるようになりますので、完成後にはもう少し時間短縮されるようです。

 

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木浦駅にはちゃんとコインロッカーもあります。
韓国の地方を旅するにあたって私が最初にする作業は、その訪問予定地の駅やバスターミナルなどにコインロッカーがあるかどうかの確認です。木浦くらい大きな街だとさすがにありますが、以前の全羅南道高興(コフン)郡の旅がそうであったように郡部だとコインロッカーがないことが普通です。今後も本ブログでは新たな地方を訪問する度に、その街のコインロッカーの情報を伝えてまいります。

 

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駅前広場には、見慣れた石碑が建っていました。
光州広域市内における「5.18民主化運動」(5.18民衆抗争、光州事件)の史跡であることを示す、あの「光」の字を象った碑石と全く同じデザインのそれには、よく見ると「5.18民衆抗争 木浦史跡地1号」とあります。

 

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5.18民主化運動が発生した1980年5月18日以降、光州広域市(当時は全羅南道光州市)近隣の市郡では光州市民の抗争に呼応したデモが展開されました。それらの中でも特に激しかったのが、当時は光州に次ぐ全羅南道第2の都市だった木浦です。抗争4日目、錦南路(クムナムノ)での集団発砲があった5月21日には光州の市民軍が木浦に到着、光州での惨状を木浦市民に伝えたことにより、全羅南道の他市郡では最大規模となるデモが同月28日未明まで進行されました。期間中は数万人もの木浦市民がここ木浦駅広場に集結、何度かの決起大会やフェップル(トーチ)デモが開催されています。
この「木浦駅広場」をはじめ、木浦市内には5.18民主化運動の史跡が点在しています。いずれ必ず巡ることを決意します。

木浦駅広場(목포역광장:全羅南道 木浦市 連山路 98 (湖南洞 1-1)。5.18民衆抗争木浦史跡地1号)

 

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そういえばこの日はまだちゃんとした食事をとっていませんでした。まずは腹ごしらえから。やってきたのは事前にチェックしていた、木浦駅前の「海南(へナム)へジャンクッ」。

「へジャンクッ(해장국)」とは、二日酔いを和らげるため(これを韓国語で「解酲(ヘジャン)」という)、お酒を飲んだ直後またはその翌朝に食べるスープ料理一般をいいます。ご存じの方、あるいは実際にお世話になった方も多いことでしょう。
その具や味については、たぶん韓国で一番有名なヘジャンクッであるソウル・鍾路(チョンノ)の名店「清進屋(チョンジノク)」のそれのような、ソンジ(선지:牛の血を固めたもの)がたくさん入ったものを想像する方が多いかと思います。しかし実は前述したように「二日酔いを和らげるためのスープ」以上の定義はない一般名詞であるため、一口にヘジャンクッと言っても材料やスープの味は地域によって、さらにはお店によってまちまちです。

 

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こちらのお店の名物「テジピョヘジャンクッ」(돼지뼈해장국:テジは「豚」、ピョは「骨」の意)は、またの名を「ピョダギへジャンクッ」(뼈다귀해장국:ピョダギとは「個々の骨」の意)ともいい、カンジャン(醤油)あるいはテンジャン(味噌)ベースのスープに豚の背肉が背骨ごと入っている豪快な料理です。ちなみにこのピョダギへジャンクッにカムジャ(ジャガイモ)を投入したものが、日本でもお好きな方が多い「カムジャタン」です。もっともカムジャタンの名の語源にはスープに入っていた「カムジャピョ」と呼ばれる部位の骨に由来するいう説があり、その通りならばカムジャの有無にかかわらずカムジャタンと読んでもかまわないのかもしれません(語源の由来は諸説あります)。

 

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そしてやって来たテジピョヘジャンクッ。背骨のみならず大腿骨(たぶん)まで入っており、予想以上に豪快な盛り付けです。
ひと口。ああ、カンジャンベースのスープがうんまい。これは大好きな味。
柔らかく煮込まれた肉や腱を骨からこそぎ落としつつ食べ進めます。そのままかぶりついてもよいですが、スープに溶かしご飯を混ぜて食べると、これがもう猛烈にうんまい。ご飯との相性がこれほどまでに絶妙なスープはそうそうありません。あっという間に完食。

 

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こちらのお店「海南へジャンクッ」の営業時間は午前4時~午前0時、第1・第3日曜日休業。前述したようにKorail「木浦」駅のそば、まさに駅前にあり、徒歩約5分(約310m)で到達できます。
今回は12,000ウォンの「大」を頼んだつもりでしたが、伝票は普通サイズの9,000ウォンとなっていました。このボリュームで普通なのですから、大だと一体どれだけのものが出てくるのでしょう。こちらのお店は再訪するつもりなのでいまから楽しみです。

海南ヘジャンクッ(해남해장국:全羅南道 木浦市 三鶴路18番キル 2-2 (常楽洞1街 2-5))

 

木浦市の人口は約24万人。朝鮮半島の西南端、この一帯の中心都市である港町であり、近隣の多島海の島々とを結ぶフェリーの一大拠点となっています。
木浦の歴史は三国時代にまでさかのぼりますが、朝鮮時代末期の1897年の開港により急発展を遂げ、「日韓併合」直後の1910年10月には木浦府(市に相当)に改称。1932年には務安郡の一部を合併して人口約6万人となり、当時の朝鮮でも上位6位以内に入る都市であったそうです。こうした背景からここ木浦には、同じく朝鮮時代末期に開港された仁川港、また日本が収奪した米などを積みだした全羅北道(チョルラブット)の群山(クンサン)港などと同様に日本人あるいは朝鮮人資本の近代建築が市内中心部の随所に建てられ、かつ今日まで保存されています。
今回この木浦へ来たのは、ここからある島へ行く船に搭乗するため。したがって駅から少し離れた木浦沿岸旅客船ターミナルヘ移動しなければなりません。旅客船ターミナルへはタクシーで行けばすぐの距離ですが、この日は幸いにして出航まで少し余裕があったため、これら近代建築を巡りつつ旅客船ターミナルまで歩くことにしました。

 

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「旧湖南銀行木浦支店」。
1929年築。レンガの表面を赤い色のタイルで仕上げたこちらの建物は、実業家の玄俊縞(현준호:ヒョン・ジュンホ、1889-1950)氏が1920年に創業した湖南銀行の支店として建設されました。日帝強占期当時、朝鮮にあった銀行はほとんどが日本人資本である中、湖南銀行は朝鮮人資本の銀行として貴重な存在でしたが、1942年には朝鮮総督府の強要により東一(トンイル)銀行による吸収合併を受けています。近代金融建築としては木浦で唯一現存するものだそうです。国家指定登録文化財第29号。

旧湖南銀行木浦支店(木浦文化院)(구 호남은행 목포지점(목포문화원):全羅南道 木浦市 海岸路249番キル 34 (常楽洞1街 10-2)。国家指定登録文化財第29号)

 

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「旧木浦和信百貨店」。
1935年築。優美な曲線とアーチ型の窓が印象的なモダニズム建築のこちらの建物は、かつてソウル・鍾路に本店を構えていた「和信(ファシン)百貨店」の支店で、現在は「キム・ヨンジャアートホール」という看板が掲げられています。「旧朝鮮運輸木浦支店」として紹介されている事例も多く見られますが、今回訪れた近代建築の中では唯一文化財に指定されておらず、そのためか詳しい情報がほとんど見つかりませんでした。

旧木浦和信百貨店(旧朝鮮運輸木浦支店/キム・ヨンジャアートホール)(구 목포 화신백화점(구 조선운유목포지점 / 김영자 아트홀):全羅南道 木浦市 繁華路 75 (常楽洞1街 11-8))

 

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旧木浦和信百貨店(右端)の横から旧湖南銀行木浦支店の側を眺めた景色。この一帯はいまでこそ閑散としていますが、日帝強占期当時は「本町」と呼ばれ、前述のように百貨店も立地する一大繁華街だったそうです。2つの近代建築に挟まれて、日本家屋とみられる建物が残っています。

 

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「旧東本願寺木浦別院」。
1930年代築。日本式の木造の仏堂をコンクリートで再現した建物で、木浦では初の日本式寺院だとのことです。光復後の1957年から最近まで木浦中央教会として使用されていたそうで、仏閣の姿をした教会という韓国でも異色の施設だったようです。現在は「オゴリ文化センター」として使用されています。国家指定登録文化財第340号。

旧東本願寺木浦別院(オゴリ文化センター)(구 동본원사 목포별원 (오거리문화센터):全羅南道 木浦市 連山路75番キル 5 (務安洞 2-4)。国家指定登録文化財第340号)

 

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東本願寺木浦別院の近くには、木浦を代表するパン屋さん「コロムバン製菓」の本店があります。韓国5大ベーカリーに数えられることもあるというこちらのお店、立ち寄らないわけにはいきません。

 

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今回購入したのは、名物の「セウバゲット(새우바게트)」。セウとは「エビ」の意。写真では分かりづらいですが、パン生地にエビが練り込まれています。黄色いのはマスタードソース。1個4,500ウォン(約470円:当時)とパンにしてはなかなかの値段ですが、生地と酸味のあるマスタードソースが絶妙にマッチしてうんまかったです。

こちらのお店「コロムバン製菓」の営業時間は午前8時~午後10時、毎月第2火曜日休業。紹介したセウバゲット以外にも「クリームチーズバゲット(크림치즈바게트)」などが名物として知られています。次回の木浦訪問の際にもまた立ち寄りたいお店です。

コロムバン製菓(코롬방제과:全羅南道 木浦市 栄山路75番キル 7 (務安洞 1-3))

 

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「旧木浦日本領事館」。
1900年築。儒達山(ユダルサン)の麓に建つレンガ造り、ルネサンス様式のこちらの建物は、1907年まで在木浦日本領事館として使用され、「日韓併合」後の1914年からは木浦市の前身である木浦府の庁舎として使用されました。その後は木浦市庁舎、木浦市立図書館、木浦文化院を経て2014年からは「木浦近代歴史館」の1館として使用されており、領事館当時の大理石の暖炉などが現在も公開されているようです。史跡第289号。

 

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木浦近代歴史館には、1897年の木浦開港以降、日本の植民地支配と収奪に関する貴重な資料が数多く展示されていると聞きます。今回は時間の都合で入館しませんでしたが、次回はぜひ訪問したいと思います。

旧木浦日本領事館(木浦近代歴史館1館)(구 목포 일본영사관(목포근대역사관 1관):全羅南道 木浦市 栄山路29番キル 9-4 (大義洞2街 1-5)。史跡第289号)

 

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旧木浦日本領事館の下には、「平和の少女像」が静かにたたずんでいました。
前回、釜山で会ってからたった2週間。そのわずかな間にも日本では大阪市長により、あろうことか「慰安婦像」を理由とした米サンフランシスコ市との姉妹都市解消の判断がなされ、しかも広く世論の支持を得ている状況下にありました。こんなことが許されてよいのか。自らの非力さをただ詫びるしかありませんでした。

 

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「旧木浦府庁書庫」。
1932年築。旧木浦日本領事館の裏手にあるこちらの建物は、その名の通り旧木浦日本領事館が木浦府庁だった時期に書庫として建てられたもので、その建設には木浦刑務所の受刑者が動員されたとのことです。普段は内部に入れるようですが、この日はあいにく補修工事中のため立ち入ることはできず、周囲に組まれた足場のため外見も見づらい状況でした。

 

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旧木浦府庁書庫のすぐそばには、防空壕が口を開けていました。
こちらは第二次大戦中、日本軍が朝鮮半島への米軍侵攻に備えて建設したものです。調べた限りはっきりとはしませんでしたが、済州島(チェジュド)に無数にある防空壕と同じく、強制徴用された朝鮮人が多数動員されたものとみられます。こちらの防空壕は旧木浦府庁書庫とともに「旧木浦府庁書庫と防空壕」として、国家指定登録文化財第588号に指定されています。

 

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防空壕は無料開放されているため、少しだけ中に入ってみました。
内部には防空壕を掘る人々、そして監視役の日本の官憲とみられる再現人形が配置されています。
こちらも時間の都合で一部を撮影するだけにとどめましたが、次回訪問時には全通路を巡ることにします。

旧木浦府庁書庫と防空壕(구 목포부청 서고 및 방공호:全羅南道 木浦市 栄山路29番キル 9-4 (大義洞2街 1-5)。国家指定登録文化財第588号)

 

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かつてここ木浦は光州広域市ソウル特別市などを経て京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市へと(さらには朝鮮民主主義人民共和国平安北道(ピョンアンブット)新義州(シニジュ)市にまで)至る国道1号線、および全羅南道順天(スンチョン)市や慶尚南道キョンサンナムド)晋州(チンジュ)市などを経て釜山広域市へと至る国道2号線の起点であり、旧木浦日本領事館の下にはそのことを記念する「国道1.2号線起点紀念碑」が建てられていました。なお国道2号線については、その後の延長により現在は同じ全羅南道の新安(シナン)郡に起点が変更されています。

 

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「旧東洋拓殖株式会社木浦支店」。
1923年築。朝鮮総督府が「土地調査事業」を通じて安値で買い叩いたり文字通り奪ったりした土地の払い下げを受けて朝鮮最大の地主となり、朝鮮人小作農に貸し付けるなどして朝鮮の支配と収奪に積極加担した、悪名高き植民地経営企業「東洋拓殖株式会社」。その木浦支店として建てられたのが、こちらのルネサンス様式の建物です。
一時は老朽化に伴い解体が決定、撤去作業の着手にまで至ったそうですが、市民運動などにより一転して保存対象となり、現在は先に紹介した「木浦近代歴史館」の2館として使用されています。全羅南道記念物第174号。

旧東洋拓殖株式会社木浦支店(木浦近代歴史館2館)(구동양척식주식회사목포지점(목포근대역사관 2관):全羅南道 木浦市 繁華路 18 (中央洞2街 6)。全羅南道記念物第174号)

 

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そして目的地である「木浦沿岸旅客船ターミナル」に到着。木浦駅前の海南ヘジャンクッを出て、5つの近代建築に立ち寄って写真を撮ったりパンを買ったりしながらでもわずか1時間半に満たない行程でした。

 

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写真1枚目のチケット売場で乗船券を購入、2枚目の改札口からのりばの埠頭に進入します。実は事前に予約していたため、こんなにのんびり落ち着いた気分で街歩きができたわけです(当日でも空席はありましたが)。予約方法については次回のエントリーにて紹介します。

 

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精悍なデザインの高速船。午後1時発のこちらの高速船に乗船し、いよいよ目的の島へと向かいます。
続きは次回のエントリーにて。

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