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主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

ソウルの旅[201712_06] - 二人の「少女像」とソウル最後のタルトンネ、朝鮮総督府と逆向きに建てられた「尋牛荘」

前回のエントリーの続きです。

昨年(2017年)12月の全羅南道(チョルラナムド)新安(シナン)郡などを巡る旅の3日目(2017年12月3日(土))です。

 

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次の目的地へ向かうため、まずは首都圏電鉄(ソウルメトロ)4号線「漢城大入口(ハンソンディック)」駅で下車。
ここでマウルバスに乗り換えるためバス停へ向かったところ、そのすぐ裏手に「平和の少女像」が。よく見ると、あの少女の向かって右隣の椅子にもう一人、同じように拳を握りしめ鋭い視線で正面を見据える中国服の少女が腰掛けています。
こちらは「韓中平和の少女像(한중평화의소녀상)」といい、中国服の少女像の制作者である清華大学美術教授の潘毅群(パン・イーチュン)と映画制作者のLeo史詠(レオ・スユン)の両氏が、「平和の少女像」の制作者であるキム・ウンソンとキム・ソギョンの両氏に提案し、2015年10月28日に当地に建てられたものです。
「韓中平和の少女像」についてはその存在こそ認識していたものの、その場所が漢城大入口駅であることまでは存じておりませんでした。偶然の出会いにただ驚くばかりです。

 

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中国服の少女の隣には、他の「平和の少女像」と同様に空いた椅子が置かれています。これは、他のアジア諸国の犠牲者のための席だとのことです。

歴史修正による戦時性奴隷・性暴力加害の否定、そしてその被害者たちへの侮辱に立ち向かうための連帯。私は像建立の趣旨に強く共感するとはいえ、それらを許容ないし推進する社会の構成員であり、また被害者たちの支援者でもないため、「連帯」できる資格はないと自身では考えています。それでも像建立の趣旨には強く共感しますし、支持します。なんらかの支援をしなければとの思いが強く胸に迫ります。

韓中平和の少女像(한중평화의소녀상:ソウル特別市 城北区 東小門路3キル 11 (東小門洞1街 1-4))

  

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「韓中平和の少女像」前の「三仙橋・城北文化院(삼선교.성북문화원)」バス停から、マウルバスに乗車。

 

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緑色のマイクロバスのマウルバスはゆっくりと坂道を登り続け、先の「三仙橋・城北文化院」バス停からおよそ11分で「ヨングァン教会(용광교회)」というバス停に停車。そこから歩いて坂道を登ると、まもなく写真の場所に到着します。

 

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ソウル城北区(ソンブック)城北洞(ソンブクトン)、漢陽都城(ハニャントソン。写真2枚目奥の城壁。後述します)にほど近い丘の上を巡る楕円形の道路を中心としたこの一帯は「プッチョンマウル」といい、急斜面に小さな住宅が密集して張り付いた、俗に「タルトンネ(달동네)」と呼ばれる住宅街のひとつです。タルトンネとは直訳すると「月の街」の意。その多くが高いところに位置し、月がよく見えるとしてこの名が付いたとされています。

 

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急坂を登った先にあるため家賃が安く、あるいは傾斜があまりにも激しく先住者すらいなかった土地。そうした急斜面に自ら生活の場を求め、または国や自治体の政策により生活することを余儀なくされたのは、朝鮮戦争(韓国戦争、6.25戦争)の戦火から文字通り体ひとつで逃れてきた避難民たちであり、そしてそれらを含め、1960年代以降の都市開発のために居住地を追われた低所得層の人々でした。過去に本ブログで紹介してきた釜山の「アンチャンマウル(ホレンイマウル)」や「碑石(ピソン)文化マウル」などは、釜山に殺到した避難民たちが急斜面を切り開いて形成したタルトンネです。

 

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現在のプッチョンマウル一帯は朝鮮時代から住民がいたようですが、光復(日本の敗戦による解放)後の都市人口急増に加え、前述した人々の流入により1960年代以降にその規模が拡大したといいます。かつてソウル市内に点在していたこれらタルトンネはそのほとんどが再開発によって消えゆく中、ここプッチョンマウルは取り残され、いつしか「ソウル最後のタルトンネ」とまで呼ばれる存在となりました。

 

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現在はその大半がお年寄りだというプッチョンマウルの住民たちは、ソウルでも稀有の存在となったタルトンネの雰囲気を残すこの街を活性化すべく、マウル内に案内板を設置し、また一部の家屋を壁画で彩り、さらには住民参加型のイベントを開催するようになります。とはいえタルトンネ再生の成功例である釜山の「甘川(カムチョン)文化マウル」などのようには行かず、現状では「知る人ぞ知る」水準にとどまっているようです。
写真1~2枚目はそれらの一環で開店した「プッチョンカフェ」であり、閉店してしまった現在もなおその壁面には住民たちの写真が飾られています。

 

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プッチョンカフェの裏手にあった「プッチョン理髪」 。情感漂うたたずまいです。

 

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情感あふれるプッチョンマウルの姿。すっかり葉が落ちた木の上にある黒っぽい塊は、日本にも分布するカチ(까치:カササギ。学名:Pica pica)の巣だと思われます。カササギ佐賀県などではカチガラスと呼び、佐賀県の県鳥にも指定されています。

 

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写真1~2枚目は家屋の壁や道路脇に描かれた壁画。「壁画マウル」と呼ばれる住宅地よりは少ないですが、ここプッチョンマウルにもいくつかの壁画が存在します。
写真3枚目は前述した「プッチョンカフェ」の近くにあった公衆トイレ。子どもたちの描いた絵で彩られています。

 

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プッチョンマウルにあった廃屋。

 

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プッチョンマウルにあった道路名住所の表示板。ソウルではこうした表示板での日本語表記は決して珍しくありません。

 

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ところでソウルの「プッチョンマウル」と聞くと、以前にこちらのエントリーでも紹介した韓屋(ハノク)が立ち並ぶ住宅街、「北村(プッチョン)韓屋マウル」(写真)を想像する方もいらっしゃるでしょう。カタカナ表記では同じですが、ハングルだと「북정」と表記する城北洞のタルトンネに対して北村は「북촌」と表記し、最後の「ン」の発音も異なります(日本人には区別しづらい音ですが)。また北村は地主など富裕層向けに計画的に造られた建売住宅地であり、プッチョンマウルとはその成り立ちから異なっています。

本年(2018年)7月19日付の聯合ニュースのこちらの記事によると、プッチョンマウルが2~4階建ての低層テラスハウス団地として再開発される予定だとあります。この記事の通りであれば、現在のプッチョンマウルの姿も近く思い出の中に消えることとなります。住民でなく支援者の立場でもない私はその賛否を問う立場にはありませんが、せめて一人でも多くの住民の方にとってプラスとなるよう形で結実することを切に祈っています。

 

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プッチョンマウルへは、前述したように首都圏電鉄(ソウルメトロ)4号線「漢城大入口(ハンソンディック)」駅で下車、6番出口を出てすぐの場所にある「三仙橋・城北文化院(삼선교.성북문화원 )」バス停より<성북(城北)03>マウルバス(写真1枚目)に乗って約12分で楕円形の道路内の最初のバス停である「ヤン氏カゲアプ(양씨가게앞)」バス停(写真の位置。写真2枚目)に到達できます。バスはプッチョンマウルの楕円形の道路を反時計回りに一周してから漢城大入口駅方面へ戻るので、好きな場所で下車するとよいでしょう。
住宅街であるプッチョンマウルは24時間いつでも訪問でき、また案内板や壁画などからも分かるように訪問者増、ひいては観光スポットとなることを期した場所ですが、お年寄りを中心とした住民の方々の生活空間でもあります。ご訪問に際してはどうかお静かに観覧いただくようお願いいたします。

プッチョンマウル(북정마을:ソウル特別市 城北区 城北路23キル (城北洞) 一帯)

 

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プッチョンマウルから北へ向かって徒歩2分ほどの場所に、写真の家屋が建っています。


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「尋牛荘(シムジャン)」と呼ばれるこちらの建物は、僧侶であり、文学者であり、そして1919年の「3.1運動」では民族代表33名の一人に名を連ねた独立運動家である韓龍雲(한용운:ハン・ヨンウン、1879-1944。号は萬海(만해:マネ)。写真1枚目左上の人物)氏が自宅として1933年に建てた韓屋で、亡くなるまでの11年間をここで過ごしました。「尋牛」の名は、仏教において悟りに至るまでの10の実行手順のひとつである「自己の本性である牛を探す」に由来するものです。現在は「萬海韓龍雲尋牛荘」としてソウル特別市記念物第7号に指定されています。

 

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韓龍雲氏は朝鮮時代末期の1879年8月29日、忠清南道(チュンチョンナムド)洪城(ホンソン)生まれ。まだ十代半ばだった1894年には「東学農民戦争」(甲午農民戦争東学党の乱)に蜂起軍兵士として参戦した経験もあります。その後1919年に朝鮮半島全土で巻き起こった抗日独立運動「3.1運動」では民族代表33名の一人に名を連ね、まもなく逮捕されて懲役3年の刑を宣告され服役。出獄後の1926年には抵抗文学の先駆けとなった詩集『ニムの沈黙』(님의 침묵:ニムは「君、あなた」の意)を発刊し、翌27年には抗日組織である新幹会(シンガネ)に加入、さらにその翌年には同会の京城(現ソウル)支会長となります。その後は仏教関連の論文や長編小説などの執筆を通じて独立思想の鼓吹に尽力する一方、神社参拝や「創氏改名」、朝鮮人学徒兵出征への反対など一貫した抗日活動を継続しますが、念願の光復を目にすることなく、その前年の1944年にここ尋牛荘にて持病の中風により亡くなっています。
写真はソウル・西大門区(ソデムング)の「西大門刑務所歴史館」(こちらのエントリーにて紹介)にあった、韓龍雲氏など西大門刑務所に収監された文学者による獄中生活関連の著作についての展示パネルです(左下の人物が韓龍雲氏)。

 

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尋牛荘の内部と展示パネル。靴を脱いで自由に上がることができます。

 

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こちらの建物の最も大きな特徴として、家屋としては珍しく北向きに建てられている点が挙げられます。韓龍雲氏がその建築に際し、尋牛荘から見て南側に位置する朝鮮総督府の庁舎建物が視界に入るのを嫌ったためとされています。

 

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朝鮮総督府庁舎は、ソウル五大古宮のひとつであり朝鮮時代末期には王も滞在した朝鮮王室の法宮(正宮)「景福宮キョンボックン)」の正門である光化門(クァンファムン)と、宮内の正殿である勤政殿(クンジョンジョン。国宝第223号)との間にかつて存在した1926年竣工の石造りの近代建築で、その名の通り日帝強占期に朝鮮全土を支配した大日本帝国の植民地統治機関、朝鮮総督府の本庁舎として用いられました。その後1995年からその翌年にかけて解体撤去されたため、忠清南道(チュンチョンナムド)天安(チョナン)市の「独立記念館」にて展示されている一部部材を除いて、現在はその姿を見ることはできません。
朝鮮王室の法宮である景福宮の敷地内、しかもその正殿たる勤政殿の正面に立ち塞がるように建てられた旧朝鮮総督府庁舎は、その有り様からして日本による支配と収奪をこれ以上ないほどに象徴する建物であったといえるでしょう。

これまで本ブログでも紹介してきたように、韓国には日本人による近代建築がいくつも現存し、その多くが国や自治体の登録文化財指定による保全の対象となっています。その主用途にかかわらず植民地支配と収奪の一環で建てられたものだとはいえ、そうした過去を記憶し未来へ継承する観点、あるいは建物自体の建築的価値の観点からです。旧朝鮮総督府庁舎も例外ではなく、23年前の解体に際しては韓国国内でも反対の声が上がったとのことですが、論議の末、韓国の人々はこれを解体する道を選択しました。
個人的には、その立地からして記憶継承などの意義をも凌駕する邪悪さをはらんでいた旧朝鮮総督府庁舎は破壊する以外に道はなく、韓国の人々の判断は正しかったとの考えです。しかしそれは、あくまで韓国の人々が決めるべきことであり、もし仮に何らかの形での保存を選択していたとしても、その判断は尊重されるべきものです。

ひとつ確信をもって言えることは、私を含め支配と収奪のためにそれら建築物を建てた側の子孫に、そうした判断について口出しする資格は一切ない、ということ。もちろんそれは韓国のみならず朝鮮民主主義人民共和国についても、そして台湾(中華民国)についても寸分違いません。
私は旧朝鮮総督府庁舎の解体が始まった1995年頃には韓国の文化に関心を持ち、その紀行文などの書籍や同人誌を購読していましたが、解体と前後してそれらの中で、韓国の人々の判断に反発しあるいは侮蔑嘲笑する態度を少なからず目にしました。そして23年を経た今日も、SNSやブログなどでそうした態度と不意に遭遇することがあります。そのような感情を臆面なくあらわにするすべての日本人を、私は軽蔑します。

 

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「尋牛荘」の開放時間は午前9時~午後6時、年中無休。入場無料です。先ほど紹介した元「プッチョンカフェ」そばの「老人亭(노인정)」バス停(写真)からだと徒歩約2分(約160m)ほどで到達できます。プッチョンマウルとあわせてぜひともご訪問いただきたい場所です。

尋牛荘(심우장:ソウル特別市 城北区 城北路29キル 24 (城北洞 222-1)。ソウル特別市記念物第7号)

 

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プッチョンマウルへ戻ります。日が沈み、夕闇が迫ってまいりました。

 

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プッチョンマウルの裏路地。人はなぜ裏路地に惹かれるのか。

 

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プッチョンマウルのすぐそばには、朝鮮時代に築かれた「漢陽都城」(한양토성:ハニャントソン)の城壁が復元され、夜間にはライトアップされています。
漢陽都城は現在のソウル、当時は漢陽(ハニャン)と呼ばれていた都を外敵から守るため、周囲にそびえる北岳山(북악산:プガクサン)・駱山(낙산:ナクサン)・南山(남산:ナムサン)・仁王山(인왕산:イナンサン)の4つの山の稜線を結び、王宮や市街地を取り囲むように築かれていた城郭です。都城の東西南北には「大門」と呼ばれる門が設置されました。みなさまもよくご存じの南大門こと崇礼門(숭례문:スンニェムン。国宝第1号)東大門こと興仁之門(흥인지문:フンインジムン。宝物第1号)がまさしくそれにあたります。

 

さて、そろそろお腹がすいてきました。この年(2017年)最後となる韓国でのディナー、お店はもう決めています。地下鉄に乗りそのお店へと向かうのでした。

 

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そうして向かったのは首都圏電鉄(ソウルメトロ)6号線「麻浦区庁(マポグチョン)」駅近くのお店、「太白(テベク)クンムルタッカルビ」。
こちらのエントリーでも紹介したこのお店は、かつては同6号線「望遠(マンウォン)」駅からマウルバスに乗り換えて行く場所にありましたがその後移転し、現在の位置に店を構えています。
その名からも分かるように、いわゆる(チーズ)タッカルビとして日本でも広く知られる炒め料理の春川(チュンチョン)タッカルビとは全く異なる、スープベースの料理である江原道(カンウォンド)太白市の名物「太白タッカルビ」をソウルでも味わえる貴重なお店です。2014年春の初訪問以来、あまりにも大好きな味で今回が5回目の訪問となってしまいました。顔なじみとなった男性店員さんからは「よく見つけましたね」という歓待を受けます。

 

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これまで同様、タッカルビの「中」(3人分)を注文。25,000ウォン(約2,630円:2017年12月当時)と前回訪問時より2,000ウォンだけ値上がりしていましたが、韓国の物価上昇状況を考えると仕方がありません(韓国がおかしいのではなく日本の政府与党の政策に伴う実質賃金低下こそが異常なのですが)
いつもと同じく、太白タッカルビの特徴である広い鉄鍋に入った骨付きの鶏モモ肉を、店員さんが目の前でジョキジョキと切ってくださいます。

 

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まずはトック(떡:うるち米のお餅)から。やわっこくてうんまい。なんで韓国のトックはあんなにおいしそうなほのかな黄色をしていて、しかも実際においしいのでしょう。

 

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 待望の「マシッケトゥセヨ」(맛있게 드세요:「召し上がってください」の意)の号令一下、いよいよ鶏肉を含むタッカルビを食べ始めます。ああ、うんまい。ほどよい辛さとコクのあるスープ、そして骨付き鶏モモから出たダシが渾然一体となっています。何度食べての飽きのこない味。ビールが進みます。

 

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鶏肉をあらかた食べ、まずはウドンサリ(麺)を投入。麺はウドンのほかタンミョン(韓国春雨)やラミョン(即席ラーメン)が選べますが太白タッカルビにはウドンだと個人的に決めています。スープが麺にからんでうんまい。

 

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そして締めはうんまいスープを一滴たりとも無駄にしないよう、ご飯を投入してのポックンパ(볶음밥:チャーハン)。超うんまい。ポックンパを味わうまでがタッカルビです。

 

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かつては韓国を代表する産炭地のひとつであった江原道太白市。その名物料理を扱うお店らしく、店内には炭鉱夫のヘルメットや当時の写真などが飾られていました。

 

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こちらのお店「太白クンムルタッカルビ」の営業時間は午前11:00~午後11:00、毎月第4火曜日定休。
首都圏電鉄(ソウルメトロ)6号線「麻浦区庁(マポグチョン)」駅5番出口から徒歩約12分(約770m) 。6号線に加え同2号線も通る「合井」(ハプチョン)駅からであれば、同駅1番出口を出てすぐの「合井駅」(합정역)バス停より約6分おきにやって来る<마포(麻浦)16>マウルバスに乗って約15分の「弘益幼稚園」(홍익유치원)バス停にて下車、徒歩約2分(約130m)、または同駅6番出口を出てすぐの「合井駅」(합정역)バス停より5~15分おきにやって来る<7011>バスに乗って約12分の「望遠2洞住民センター」 (망원2동주민센터)バス停で下車、徒歩約2分(約150m)。全力でおすすめできるお店です。

太白クンムルタッカルビ(태백국물닭갈비:ソウル特別市 麻浦区 パンウルレ路 53 (望遠洞 436-12))

 

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お腹いっぱいになってお店を出た後、自分へのお土産を買うため、地下に「麻浦区庁」駅のある川の橋を渡ります。

 

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やって来たのは、首都圏電鉄(ソウルメトロ)6号線「麻浦区庁」駅と同「ワールドカップ競技場」駅の間にある、麻浦農水産物市場(マポノンサンムルシジャン)。
余談ですが、この麻浦農水産物市場の正面を通る道路は、韓国の国道1号線です。
国道1号線といえばこの2日前、こちらのエントリーにて紹介した全羅南道木浦市の街歩きで「国道1.2号線起点紀念碑」を見てきたばかり。
この国道1号線は、南は世宗(セジョン)特別自治市光州(クァンジュ)広域市などを経て木浦市へと至ります。また北は京畿道(キョンギド)披州(パジュ)市の板門店(パンムンジョム)でいったん途切れていますが、その先は朝鮮民主主義人民共和国の開城(ケソン)特級市や平壌直轄市を経て、中国との国境沿いにある平安北道(ピョンアンプット)新義州(シニジュ)市にまで至っています。いずれ近いうちにこれら沿線の街の人々が相互に行き来できるようになるでしょうし、そうなることを祈っています。
そしてその妨害のため、日本政府はなりふり構わずありとあらゆる手段を行使することでしょう。その邪悪な野望を潰えさせるのは私たち日本社会の構成員の仕事であり、義務です。

 

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麻浦農水産物市場のうち海産物を扱う一帯の内部。大好きな韓国の市場の風景です。

 

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こちらの市場へやって来た最大の目的は、市場内にあるスーパー「多農(タノン)マート」を訪れるため。

 

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この「多農マート」のマッコリの品揃えが、それはもうすごいのです。京畿道(キョンギド)加平(カピョン)郡の醸造業者「ウリスル」の、私が大好きなチャッ(松の実)マッコリの松の実の割合をさらに高めた「プレミアム松の実マッコリ(프리미엄 잣 막걸리)」、また京畿道高陽(コヤン)市名産の「ペダリマッコリ」(배다리 막걸리:写真3枚目)をはじめ、大手マートではまず見ない銘柄を含め優に30種類以上が定番在庫として陳列されています。訪問されたある方がこのお店を評して「マッコリの宝庫」と書かれていましたが、実際に訪問してみて全く誇張ではないと知りました。写真3枚目は日本に持ち帰ったペダリマッコリ。うんまかったです。

多農マート(麻浦農水産物市場)(다농마트(마포농수산물시장):ソウル特別市 麻浦区 ワールドカップ路 235 (城山洞 533-1))

 

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宿のある鍾路3街(チョンノサムガ)へ戻ります。
鍾路3街のすぐそばはこちらのエントリーでも紹介した、1920~30年代に建てられた改良韓屋の立ち並ぶ「益善洞(イクソンドン)韓屋マウル」が広がっています。
写真は夜の益善洞韓屋マウルの裏路地、情感が漂います。人はなぜ裏路地に惹かれるのか。

 

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そんな益善洞で見つけたスイーツのお店、「望遠洞(マンウォンドン)ティラミス」。日本でも有名な店のようで、ここを見つけたのもたまたま直前に日本人の女性のグループが入って行く姿を見かけたから。

 

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一般的なティラミスやイチゴ、オレオなど5種類のティラミスの中から今回購入したのは緑茶ティラミス。おいしかったです。
こちらのお店「望遠洞ティラミス益善洞店」の営業時間は午前11時~午後11時、名節(ソルラル(旧正月)と秋夕(チュソク))の当日は休業とのこと。

望遠洞ティラミス益善洞店(ソウル特別市 鍾路区 楽園洞 鍾路区 水標路28キル 22 (楽園洞 120-2))

 

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そろそろアルコールも抜けつつあり物足りない心地で益善洞を歩いていた中、たまたま見つけたクラフトビールのお店「CRAFT ROO(クラフトルー)」。吸い込まれるように入店。
韓国では2002年のクラフトビール解禁以来、クラフトビール醸造する小規模のブルワリーが全国各地にオープンしています。改良韓屋をリノベーションしたこちらのお店ではそうした韓国のブルワリーの15種類ものクラフトビールが味わえるとのこと。

 

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うんまいクラフトビールを飲みつつ、窓の外の韓屋をぼんやり眺める。こういう楽しみ方ができるから鍾路3街での宿泊はやめられません。

CRAFT ROO(크래프트루:ソウル特別市 鍾路区 水標路28キル 17-7 (益善洞 166-57))

 

2017年12月の全羅南道およびソウル特別市の旅は、今回で終了となります。お読みいただきありがとうございました。
次回からは、2018年1月の全羅北道(チョルラブット)群山(クンサン)市の旅をお送りします。

ソウルの旅[201712_05] - 鍾路3街の夜はまたあの幸福な酒場で、そして伝統のプゴクッにソウル式チュタン

下記エントリーの続きです。

昨年(2017年)12月の全羅南道(チョルラナムド)新安(シナン)郡などを巡る旅の2日目(2017年12月2日(土))です。

木浦(モッポ)駅から乗車したKTXで、終点の龍山(ヨンサン)駅に到着。木浦での接続がよかったので、直前の訪問地である全羅南道新安(シナン)郡の紅島(ホンド)を出てから5時間37分でここまで来ることができました。この日の朝まで滞在した同郡の黒山島(フクサンド)からだと5時間07分の計算。そう考えると紅島も黒山島も決して遠い場所ではありません。

 

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そしてこの日の宿は、また大好きなこの街、鍾路3街(チョンノサムガ)で。

 

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ホテルに荷物を置いて、鍾路3街の街に繰り出します。写真はその街中にあった酒場、その名も「黒山島」という屋号のお店。看板には黒山島が名産地として知られるホンオ(ガンギエイ)専門とあります。この日の朝まで滞在していた島の名を屋号にする店との不意の出会い。感慨深いです。

 

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そしてこの夜訪問したのは、首都圏電鉄(地下鉄)5号線「鍾路3街」駅6番出口のすぐそばにある「ヘンボッカンチッ」。地方の名だたるマッコリを良心的な値段で味わえるソウルでも稀有(たぶん)の存在のお店です。しかも料理がまた絶品だという。『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』など鄭銀淑(チョン・ウンスク)さんの著書でその存在を知って以来、この年(2017年)だけで実に3度目となる訪問です。

 

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今回もまずは大好きな「ソンミョンソプマッコリ」から。
以前にも度々紹介したことのあるこちらのマッコリは、全羅北道(チョルラブット)井邑(チョンウプ)市の泰仁(テイン)醸造所で生産しているもので、農林水産食品部(日本の「農林水産省」に相当)の伝統食品名人第48号であり、全羅北道無形文化財第6-3号に指定されたソン・ミョンソプ(송명섭)名人自ら醸したお酒です。
一般的なマッコリとは異なり、甘みが全くないソンミョンソプマッコリ。私も初めて飲んだときはびっくりしました。「大人のマッコリ」というフレーズが口をついて出そうになりますが、そもそもマッコリが大人の飲み物でした……

 

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ヘンボッカンチッでは、パンチャン(サービスのおかず)にホンハッタン(홍합탕:ムール貝のスープ)が付いてきます。これがまたうんまいのですよ。

 

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料理はこれまた大好きなセコマク(새꼬막:サルボウガイ。メニュー表では「コマク(꼬막)」と表記)。

 

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続いて、マッコリとの相性抜群のジョン(日本でいうチヂミ)の盛り合わせである「モドゥムジョン(모듬전)」。またまたうんまいです。お酒は釜山・金井区(クムジョング)の名物であり、韓国で認定された民俗酒の第1号である「金井山城(クムジョンサンソン)マッコリ」。他に類を見ない濃厚な味が大好きで、釜山訪問の度に買って帰るほどだったりするこのマッコリ、わずか2週間という賞味期限(一般的な生マッコリは約1ヵ月)からも分かるようにデリケートな商品で、冬に保冷剤とあわせて持ち帰っても発酵が進み酸味が増してしまいます。こちらのお店は、発酵が進む前の出来たてに近い味が楽しめる点もまた高ポイントです。

うんまいお酒にうんまい料理。「幸福な店」という意味の屋号に違わず幸せの度合いが高まります。

こちらのお店「ヘンボッカンチッ」は、首都圏電鉄(ソウル地下鉄)5号線「鍾路3街」駅6番出口から徒歩わずか1分(約70m)。月~木は午前0時まで、金土は午前4時まで。日曜日店休。これからもひいきにしたいお店です。

ヘンボッカンチッ(행복한집:ソウル特別市 鍾路区 敦化門路11キル 20 (通義洞 44))

 

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そしてこの日の締めはヘンボッカンチッからも近い「クテグチッ」の水冷麺(ムルレンミョン)。ソウル市内に点在する創業数十年クラスの名店ではありませんが、閉店の早いこれら名店とは異なり安心の24時間営業、しかもそこそこおいしいという。私にとって鍾路3街でのホンスル(「一人飲み」の意)の締めとしてすっかり定着してしまいました。

クテグチッ(그때그집:ソウル特別市 鍾路区 水標路 123 (楽園洞 227))

 

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毎晩がお祭りのような鍾路3街の夜は更けてゆきます。

 

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明けて旅の3日目、2017年12月3日(日)。
この日の朝食は、ソウル特別市庁(市役所)の裏手にある「武橋洞(ムギョドン)プゴクッチッ」へ。
1968年創業、プゴクッ(북어국:スケトウダラの干物のスープ)の名店として知られるこちらのお店は、ランチタイムになると長蛇の列が形成されるという超人気店で、私が訪れた午前9時半の時点でも30人ほどの行列が。日本のガイドブックや旅行サイトなどでも紹介されており、日本人観光客も大挙して訪れるお店です。それだけ待ってでも食べたい味がこちらのお店にはあります。

 

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やって来たプゴクッ。こちらのお店はプゴクッ一本勝負なので注文せずとも人数分のプゴクッがすぐさま出てきます。
まずはスープから。スケトウダラのダシがしっかり効いていてほうとする味。うんまい。そのままでもおいしいですが、付いてくるアミの塩辛を適度に入れるといい塩梅となります。
しかもこちらのお店、なんとプゴクッのおかわりがOKなのです(2016年時点ですがたぶん現在も変わっていないはず)。

 

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写真はこれまた一緒に付いてくる小鉢なのですが、これをご飯に乗せて一緒に食べると猛烈にうんまいのです。もっと量があったならこれ一品だけでもどんぶリ3杯はいけそう。

 

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こちらのお店「武橋洞プゴクッチッ」の営業時間は午前7時~午後8時(週末は午後4時まで)、日曜定休。首都圏電鉄(ソウルメトロ)1号線「市庁(シチョン)」駅5番出口から徒歩約6分(約370m)で到達できます。同「鐘閣(チョンガク)」駅5番出口からでも徒歩約7分(約460m)。看板メニュー(というより唯一のメニュー)のプゴクッ(メニュー表では「プゴヘジャンクッ」と表記)は訪問当時は7,000ウォンでしたが、2018年11月時点では7,500ウォン(約750円:同時点)。強くおすすめできるお店です。

武橋洞プゴクッチッ(무교동북어국집:ソウル特別市 中区 乙支路1キル 38 (茶洞 173)) 

 

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ソウル特別市庁舎
左側の石造りの建物は日帝強占期の1926年に「京城府庁」として建てられた旧市庁舎で、現在はソウル図書館として使用されており、国家指定登録文化財第52号にも指定されています。
その後方には2012年に竣工した、前衛的デザインの新市庁舎が建っています。この新市庁舎を見る度に、誰かが「日本の建物を津波が襲う姿を模した反日建物だ」などと10秒で思いついたようなレベルのデマを吹聴していたのを思い出します。韓国人への憎悪拡散のためならどんな出まかせでも共感され拡散される日本のネット空間を象徴するエピソードです。こうしたデマを看過することはヘイトへの加担でしかありません。 

 

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続いて訪問したのはソウル冠岳区(カナック)、首都圏電鉄(地下鉄)2号線「ソウル大入口(ソウルデイック)」駅近くにある道路「冠岳路14キル」、通称「シャロスキル」。大通り(冠岳路)から一本入ったこちらの道は、その名の通りソウル大学校冠岳キャンパスの最寄り駅である同駅を利用するソウル大生が立ち寄ることで発展した繁華街です。

 

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「シャロスキル」の名がファッションの街として発展し女性を中心に人気の高い「カロスキル」(가로수길:「街路樹通り」の意)にちなんだものであることは、ソウルを何度か訪問された方であれば容易に想像できることでしょう。では「シャ」とは何かというと、ソウル大学校の紋章(写真1枚目)の中央上部に描かれたマークをモチーフとした、冠岳キャンパスの正門(写真2枚目)に由来しています。
このマークは「国立(국립)」「ソウル(서울)」「大学校(대학교)」のそれぞれ最初に出てくるハングルの字母「ㄱㅅㄷ」を組み合わせたもので、これをデフォルメした正門の形が「샤(シャ)」と発音する字に似ていることから、俗にそう呼ばれているものです。

 

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以前にこちらのエントリーにて、一見して日本の焼き鳥屋としか思えないたたずまいの釜山の居酒屋を紹介しましたが、韓国の繁華街や歓楽街では日本語表記の屋号、中でもひらがなを含むそれの飲食店を実によく見かけます。シャロスキルも例外ではなく、あちらこちらにそうした屋号のお店が。写真は順に「だいじょうぶ」「ひとり」「きよい」「ラーメン男」。なんだか一人ぼっちの寂しさにもめげず潔くラーメンをすする男性の姿を想像してしまいました。
それにしてもこのように日本語表記をある種リスペクトともいえるレベルで多用している社会が、この国の一部の人々に言わせれば「日本が嫌いで嫌いでしょうがない」のだというのですから驚きです。自分自身の悪感情を相手に投影したがるのも大概にしてほしいものです。
 

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こちらのシャロスキル、繁華街とは書きましたがカロスキルに比べるとまだまだ発展途中といった感じで、飲食店が並んではいるものの道の両サイドを埋め尽くすほどではありません。とはいえ近日オープン予定の垂れ幕を掲げた工事中の店がいくつかあり、着実に発展しつつある気配が感じられます。訪問から約1年を経た現時点ではきっと一層の変貌を遂げていることでしょう。そろそろ日本のガイドブックでも大々的に紹介されるかもしれません(すでにあったらすみません)

シャロスキル(샤로수길:ソウル特別市 冠岳区 冠岳路14キル (奉天洞) 一帯)

 

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余談ですが、市庁から片道30分以上もかかるシャロスキルまでわざわざやってきた最大の理由は、実は写真1枚目のお遊びのため。当初は大通り沿いにあったはずの「シャロスキル」入口を示す案内板での撮影を予定していたのですがどうしても見当たらず、これに代わる「シャロ」と明記された物件を探した結果、「シャロストーン」なるどこかで聞いたような名前のステーキ屋さんが写真の背景となってしまいました。
個人的に好きなこちらの作品のキャラクターの名がついた韓国のスポット訪問は、こちらのエントリーにて紹介した仁川広域市の「チヤコゲサムゴリ」以来。たまにこうしたお遊びをしますので、お付き合いいただけますと幸いです。

 

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この日は朝食が午前9時台と少し遅めのスタートとなったうえ、冠岳キャンパス正門の写真を撮った帰りには間違えてソウル大のキャンパス内に入るバスに乗ってしまい、そのうえ広大なキャンパスの奥で運行終了したため下車せざるを得なかったという。加えて次に訪れた某展示施設は日曜なのに予想外の休館日(韓国の展示施設は月曜休館が一般的)だったりと、ちょっとしたトラブルが立て続けに。そんなことをしていたら、あっという間に日が傾いてしまいました。
そうしたトラブル続きの中でも昼食だけはしっかりと。この日訪問したのは乙支路入口(ウルチロイック)駅近くのお店「湧金屋(ヨングモク)」。1932年創業、チュタン(추탕:ドジョウ汁)の老舗です。

 

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チュタンは一般にはチュオタン(추어탕)と呼ばれる料理で、韓国語でチュオ(추어:鰍魚)あるいはミックラジ(미꾸라지)と呼ばれるドジョウをすりつぶしてスープに溶いたものです。韓国では全国的に食されている料理ですが、地域によってその異材は大きく異なります。
主だったものとして、チュオタンの本場として最も知名度の高い全羅北道(チョルラブット)南原(ナムォン)市のそれに代表される「全羅道式」、大邱(テグ)広域市を含む慶尚北道キョンサンブット)地方を中心に食されている「慶尚道式」、そして今回の「ソウル式」があげられ、これらを総称して3大チュオタンと呼ぶこともあります。このほか前述した3種にはないコチュジャンやジャガイモが入るうえ、厨房ではなく卓上で煮立てて供される江原道(カンウォンド)原州(ウォンジュ)市の「原州式」など、さまざまなバリエーションが存在しています。
写真は本年(2018年)3月に訪問した大邱広域市の「尚州食堂(サンジュ・シクタン)」にて食べた、テンジャン(韓国味噌)ベースの辛くないスープに白菜などの葉野菜がどっさり入った慶尚式チュオタン。優しい味でうんまかったです。いずれ改めて紹介したいと思います。

前述したようにチュタンはドジョウをすりつぶしたものが一般的ですが、こちらのお店はドジョウが丸のまま入った「トンチュタン(통추탕)」を選ぶこともできます。私にとっては珍しいので、今回は後者を選択。

 

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そしてやって来たチュタン。テンジャンを使わないソウル式のチュオタンですが、ベースの牛骨に加えドジョウそのものから出たダシがしっかり効いています。うんまい。好みで卓上の山椒(韓国語ではサンチョ(산초))を入れて味を整えます。

 

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こちらのお店では写真の麺が一緒に出てくるので、スープ単体、麺投入、ご飯投入と3度の違った味を楽しむことができます。

 

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店内に掲示されていた先代の店主さん(たぶん)の写真や新聞の紹介記事。先代さんはなんだか映画俳優っぽいですね。

 

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こちらのお店「湧金屋」の営業時間は午前11時~午後8時(週末・公休日は午後8時まで)。首都圏電鉄(ソウルメトロ)2号線「乙支路入口(ウルチロイック)」駅1番出口から徒歩約5分(約390m)です。同1号線「鐘閣(チョンガク)」駅5番出口からだと徒歩約5分(約370m)同「市庁(シチョン)」駅5番出口からでも徒歩約7分(約460m)で到達できます。こう書くとお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、実は先ほど紹介した「武橋洞プゴクッチッ」からたったの100mほどしか離れていません。名物のチュタンは10,000ウォン(約1,000円:2018年11月時点)。ソウル式チュオタンの真髄を味わっていただきたいお店です。

湧金屋(용금옥:ソウル特別市 中区 茶洞キル 24-2 (茶洞 165-1))

 

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地下鉄の駅にあった、映画『1987』の広告。この年(2017年)の12月27日に韓国国内で封切られたもので、この日(12月3日)時点ではまだ公開前でした。その名の通り、1987年に韓国全土で展開された民主化運動「6月民主抗争」をテーマとした作品で。日本では本年(2018年)9月から『1987、ある闘いの真実』というタイトルで公開中です。

 

 この映画については、公開当日に観たその直後の思いを、上のツイートで表現しています。多くの方にご覧いただくことを願っています。
「6月民主抗争」については、本ブログの下記各エントリーで紹介しています。あわせてご一読いただけますと幸いです。

 

それでは、次回のエントリーへ続きます。

順天の旅[201810_00] - 天の意に従うという名を持つ街、そしてあの映画の舞台を歩く

今回はいつもと趣向を変えて、ちょうど本エントリー公開の直前(2018年10月27日~29日)に私が訪問した街、全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市について紹介したいと思います。

 

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順天市は全羅南道の南東部に位置する人口約28万人、面積約907平方km(香川県の約1/2)の地方都市で、東は光陽(クァンヤン)市、西は宝城(ポソン)郡と和順(ファスン)郡、南は麗水(ヨス)市、そして北は谷城(コクソン)郡と求礼(クレ)郡に接しています。
順天という地名は高麗時代後期の1310年に初めて記録に登場し、それまで当地は昇平(スンピョン)あるいは昇州(スンジュ)などと呼ばれていました。「順天」には中国の儒学者孟子の言葉「順天者存 逆天者亡」にもみられるように天の意に従うという意味があり、かつて順天一帯での生活環境が厳しいものであったことをうかがわせています。

 

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順天市の訪問は、実は一昨年(2016年)10月の楽安邑城民俗村(낙안읍성민속촌:ナガンヌプソン・ミンソクチョン。写真)に続き今回が2度目ですが、楽安邑城は隣接する宝城郡筏橋(ポルギョ)邑寄りの街はずれにあり、順天市の中心部の訪問は今回が初めてです。
今回の順天の旅についてはいずれ本ブログでもじっくり紹介いたしますが、まだまだ先のこととなりそうですので、まずは今回訪問したスポットについて簡単に紹介したいと思います。訪問中にしたツイートとあわせて、順天という街を知る手助けとなるようであれば幸いに存じます。

 

●アレッチャン
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アレッチャン(아랫장)とは1977年に南部市場として開設された在来市場で、2009年に「下の市」を意味する現在の名称に変更されました。面積3万3千平米の敷地内で末尾が2・7の日に開催される五日市は1日2万人が訪問し韓国でも最大規模とされ、それ自体が順天の一大観光スポットとなっています。私が訪れた日(10月27日)はまさに五日市の日。場内のいたるところに、そして近隣の路上にまで露店があふれていました。

 

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このアレッチャンでは毎週金・土限定で、午後6時から10時にかけて夜市場(ヤシジャン)が開催されています。会場は市場の中央に位置する屋根付きの広場。夜市場にはつきものの飲食屋台がいくつも出店しているほか、舞台では観客を巻き込んだステージイベントが。かなりの盛り上がりに包まれていました。

 

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夜市場にはこの時間帯限定の飲食屋台のほか、広場に面した常設の飲食店もあります。今回私が訪れたのはこれらのうち「61号ミョンテジョン(61호 명태전)」というお店。順天湾の干潟名産のチルルッケ(찔룩게:ヤマトオサガニ。学名:Macrophthalmus japonicus)を揚げた「チルルッケティギム」(찔룩게 튀김)、そして屋号にもなっているミョンテジョン(명태전:スケトウダラのチヂミ)のいずれもうんまかったです。写真にもあるように、こちらでは何種類かのマッコリも準備しています。この日は夜市場で賑やかでしたが、非開催の日は酒場らしい情感であふれていそうなお店です。いつかまた訪問したいものです。

 

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なおアレッチャンの周辺には、他地域の在来市場もまたそうであるように、クッパ(국밥)を扱う飲食店が多数立地しています。
すばやくお腹を満たすことができ、寒い時期には身体を温めてくれるクッパは、韓国の市場で働く人々に最も愛されているメニューだといえるでしょう。今回の旅ではこれらのうち2つのお店を訪問しました。詳細についてはいずれ本ブログにて紹介したいと思います。

 

●順天湾国家庭園・順天湾湿地  

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私も誤解していたのですが、「順天湾国家庭園」と「順天湾湿地」は全く別物であり、距離もそこそこ離れています。ただし乗用車のほか、後述する交通手段により相互を往来することは可能です。
まず市街地寄りの「順天湾国家庭園(순천만국가정원)」は、2013年の「順天湾国際庭園博覧会」の際に開園した、約112万平米(約34万坪)もの広大な公園です。場内には韓国庭園のほか、ドイツ庭園や日本庭園など博覧会に出展した世界各国の庭園もあります。また夜間は美しくライトアップされ、幻想的な雰囲気が漂います。

 

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続いて「順天湾湿地(순천만습지)」。
順天市が面する順天湾、およびその先に続く汝自湾(ヨジャマン)は浅瀬の干潟により形成された湿地帯であり、ラムサール条約にも登録されています。その湿地上に木製デッキの通路が設けられ、訪問者は湿地帯を踏み荒らすことなく(そして訪問者自身も汚れることなく)順天湾湿地を堪能できるようになっています。
季節によってその姿を変える順天湾湿地。私が訪問した秋は黄金色のカルデ(갈대:葦)が美しい時期であり、先の順天湾国家庭園では「順天湾カルデ祭り」が開催中でした。
また冬には韓国の天然記念物第228号に指定されるフットゥルミ(흑두루미:ナベヅル、学名:Grus monacha)が越冬のため飛来し、その縁で順天市は同じくナベヅルの越冬地である鹿児島県出水市と姉妹都市縁組を結んでいます。
加えて今回は見ることができませんでしたが、順天湾の一部地域には季節に応じて七色に変化することからその名がついた塩生植物「七面草」(칠면초:チルミョンチョ)が群生しており、中でもその色が赤く染まる秋は美しいことこの上ないそうです。

 

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私のように公共交通機関を利用した訪問者にとって、順天湾国家庭園と順天湾湿地との間を移動する場合に便利なのが、写真の「スカイキューブ」です。
スカイキューブとは順天湾国家庭園内にある「庭園」駅と、順天湾湿地の少し手前の「文学館」駅とを結ぶ韓国初のPRT(個人用高速輸送システム)で、6人乗りのおにぎり型の車両が全長約4.6kmの路線を10分弱程度かけてトコトコ走ります。料金は大人往復8,000ウォン(約800円)。日本にはないタイプの交通機関であり、これ自体がある種アトラクションのような存在です。国家庭園や湿地の観光とあわせてのご利用をおすすめいたします。

 

●鉄道文化マウル

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順天市稠谷洞(チョゴクトン)、Korail順天駅の裏側の緩やかな斜面一帯には「鉄道文化マウル」と呼ばれる住宅地があります。
こちらは1930年代、当時の南朝鮮鉄道光麗線(現・Korail慶全線)の開通や順天への鉄道局設置と前後して日本が建設した鉄道職員の官舎村で、4等~8等の日本式家屋による官舎が数十棟建設されました。それらのうちいくつかが改装や補修を経て今日まで住居として利用されています。これらのうち6等以下の官舎の特徴は、1棟の家屋を半分に仕切り、2世帯で使用したこと。外部からも中央部の仕切り線がはっきりと見て取れます。現在も2世帯での使用例が多いようです。

 

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鉄道文化マウルの一角には「順天鉄道マウル博物館」があります。玄関上の施設名表記が、どこかで見たことのあるスタイルですよね。内部は実際に用いられた鉄道用品の展示、マウルと順天鉄道局の歴史紹介など。あわせての観覧をおすすめします。

 

●順天府邑城(址)

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順天の旧市街である中央洞(チュンアンドン)・南内洞(ナムネドン)・栄洞(ヨンドン)・幸洞(ヘンドン)一帯には、かつて「順天府邑城」(순천부읍성:スンチョンブウプソン)がありました。
邑城とは倭寇などの侵入を防ぐため、客舎(객사:ケクサ。国外などから来た賓客の宿舎。地方官衙では最上級の施設)など主要施設を含む市街地を城壁で囲んだもので、前述した「楽安邑城」もこれと同じものです。順天府邑城は朝鮮時代初期の1430年に都巡問使の崔閏徳(최윤덕:チェ・ユンドク、1376-1445)により着工された周囲1,580メートル・高さ7メートルの石積みの城壁で、1453年に完工しています。画像1枚目の古地図はまだ邑城が現存していた1872年に描かれた「全羅左道順天府地図(전라좌도순천부지도)」のうち邑城の箇所を拡大したもので、城壁が丸く描かれています。
下側がへこんだ半円形をしていた順天府邑城は日帝強占期に破壊され、現在は跡形もありませんが、現在は画像2枚目の地図にもあるように道路となっているほか、法定洞(日本の「●●市●●町」に相当)の区画にその名残が見て取れます。これらのうち西門址近くの元城壁の道路は一部が記念庭園となっているほか、南門址そばには2020年竣工を目指して「順天芸術広場」が建設中です。


以上のほか、今回は時間の都合で訪れることはできませんでしたが、順天には「松広寺」(송광사:ソングァンサ)と「仙岩寺」(선암사:ソナムサ)の2大寺院が市内の曹渓山(조계산:チョゲサン、884m)を挟むように位置しています。
まず松光面(ソングァンミョン)にある松広寺は国宝4点や宝物27点などの文化財を擁し、韓国の三宝(仏宝、法宝、僧宝)寺刹のひとつである僧宝寺刹(優れた僧侶を最も多く輩出することで得られた名)として知られています。
また昇州邑(スンジュウプ)の仙岩寺はアーチが美しい石橋の昇仙橋(スンソンギョ)など14点の宝物を擁し、本年(2018年)6月には「山寺、韓国の山地僧院」として他の6つの寺院とともにユネスコ世界文化遺産にも登載されています。

 

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順天を訪問される際には、少し足を延ばして南の麗水(ヨス)市もご訪問いただくことをおすすめします。麗水市は人口約29万人の港町で、2012年開催の万国博覧会「麗水国際博覧会」でご存じ、あるいは訪問されたという方も少なくないことでしょう。こちらも国宝第304号の「鎮南館」(진남관:チンナムグァン。2020年まで解体修理のため観覧不可)をはじめとするスポットがたくさんあるほか、私が個人的に関心を抱いている1948年の「麗水・順天事件」の史跡も数多く存在しています。

今回の順天と麗水の旅は、いずれ必ず本ブログにて紹介いたします。ご期待ください。

 

 

【付記】映画『タクシー運転手』と順天

※以下、2017年制作、2018日本公開の韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(原題『택시운전사』。以下、『タクシー運転手』と表記します)につき、必要最小限の範囲でストーリーに言及しております。必要最小限とはいえ、これから映画をご覧になる方の中には「ネタバレ」となる可能性があるかと存じます。同映画をまだご覧になったことのない方は、以上につきご理解のうえ、以下の文につき読み進めていただくかどうかをご判断願います。

 

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1980年5月の光州広域市における「5.18民主化運動」(5.18民衆抗争、光州事件)を題材とし、本ブログでも幾度となく紹介した2017年の韓国映画、『タクシー運転手』。
この作品には、2つの「順天」が登場します。

ひとつは映画序盤、ソン・ガンホさん演じる主人公マンソプが愛車のフェンダーミラーを修理するため訪れた自動車整備工場「城東カー工業社」(写真)がある「順天」です。
こちらは設定上だとマンソプが愛する娘と暮らすソウルの市内となっていますが、ロケ隊が80年代初頭の雰囲気漂う整備工場を全国から探した結果、順天にあるこちらの整備工場に行き着いたとのことです。

 

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もうひとつは映画中盤に登場する、ソウル・東京・光州と並ぶ本作の舞台となった4つの街のひとつとしての「順天」です。
ドイツ人ジャーナリストのピーター(ユルゲン・ヒンツペーター)を乗せて戒厳軍の封鎖下にある光州市内に入ったマンソプは、その後ピーターを残して光州を脱出し、順天へたどり着きます。
この日(1980年5月21日)はちょうど、韓国の祭日「부처님 오신 날(釈迦誕生日)」でした。わずか90kmほどの距離にある光州での惨劇が、まるで嘘のように平和な休日の順天。その中で登場する順天のバスターミナルは、実は遠く離れた慶尚北道キョンサンブット)星州(ソンジュ)郡にある「星州バス停留場」にて撮影されたものです(写真は2018年7月撮影)

 

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こちらは現在の順天総合バスターミナル。1980年当時から存在する建物ですが、改装を経た現在の姿を知ったロケ隊が当時のターミナルの姿に似た物件を探した結果、星州バス停留場の建物が選ばれたとのことです。

順天の市場で買ったおしゃれな靴を土産に、いったんは娘の待つソウルへ一人で帰ろうとしたマンソプ。しかし立ち寄った順天バスターミナルの食堂で、光州の惨劇を大学生などの暴動のように報じる検閲下の歪曲報道に接し、激しい衝撃を受けます。
光州の惨劇が軍によるものだという真実を世に知らしめるためには、ピーターを、その撮影した映像とともに無事ソウルへ送り届けなければならない。しかし光州へ戻れば今度こそ殺されるかもしれない。
辛く苦しい葛藤を経て、マンソプは順天の街中をUターンし、危険を承知で再び光州へ向かいます。帰りを待つ娘には電話口で「お父さんが……お客さんを置いてきた」と告げて。

 

日本は5.18当時の光州のように物理的な暴力が公然と振るわれる社会ではありません。しかし「慰安婦」問題への国民一丸レベルでの史実否認と被害者への侮辱、朝鮮学校への行政による露骨な差別政策と司法による追従、そして先日の韓国徴用工裁判の判決に対する首相はじめ日本の閣僚主導によるダイレクトな憎悪扇動を見るに、もはや「物理的な暴力」以外のあらゆる条件は整いつつあるのかもしれません。

マンソプは順天で軍事政権下の韓国社会の現実を知り、すんでのところで引き返すことができました。そしてマンソプは再びやって来た光州で、自らの生命の危機を顧みず戒厳軍の集団発砲による負傷者の救助に携わります。
私が、そして本ブログをお読みいただいているみなさまが、いまこの瞬間まさしく「順天のマンソプ」なのです。

 

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余談ですが、星州バス停留場の建物内にはマンソプがククスをむさぼるように吸い込んだ食堂もあります。検閲下の歪曲報道を知ったあの食堂です。こちらは平日のみ営業だそうで、あいにく私が訪問した土曜日(2018年7月21日)は店休日でした。いずれ必ずや再訪したいと思います。

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