かつてのTwitterアカウント(削除済み)の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

ソウルの旅[201712_05] - 鍾路3街の夜はまたあの幸福な酒場で、そして伝統のプゴクッにソウル式チュタン

下記エントリーの続きです。

昨年(2017年)12月の全羅南道(チョルラナムド)新安(シナン)郡などを巡る旅の2日目(2017年12月2日(土))です。

木浦(モッポ)駅から乗車したKTXで、終点の龍山(ヨンサン)駅に到着。木浦での接続がよかったので、直前の訪問地である全羅南道新安(シナン)郡の紅島(ホンド)を出てから5時間37分でここまで来ることができました。この日の朝まで滞在した同郡の黒山島(フクサンド)からだと5時間07分の計算。そう考えると紅島も黒山島も決して遠い場所ではありません。

 

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そしてこの日の宿は、また大好きなこの街、鍾路3街(チョンノサムガ)で。

 

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ホテルに荷物を置いて、鍾路3街の街に繰り出します。写真はその街中にあった酒場、その名も「黒山島」という屋号のお店。看板には黒山島が名産地として知られるホンオ(ガンギエイ)専門とあります。この日の朝まで滞在していた島の名を屋号にする店との不意の出会い。感慨深いです。

 

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そしてこの夜訪問したのは、首都圏電鉄(地下鉄)5号線「鍾路3街」駅6番出口のすぐそばにある「ヘンボッカンチッ」。地方の名だたるマッコリを良心的な値段で味わえるソウルでも稀有(たぶん)の存在のお店です。しかも料理がまた絶品だという。『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』など鄭銀淑(チョン・ウンスク)さんの著書でその存在を知って以来、この年(2017年)だけで実に3度目となる訪問です。

 

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今回もまずは大好きな「ソンミョンソプマッコリ」から。
以前にも度々紹介したことのあるこちらのマッコリは、全羅北道(チョルラブット)井邑(チョンウプ)市の泰仁(テイン)醸造所で生産しているもので、農林水産食品部(日本の「農林水産省」に相当)の伝統食品名人第48号であり、全羅北道無形文化財第6-3号に指定されたソン・ミョンソプ(송명섭)名人自ら醸したお酒です。
一般的なマッコリとは異なり、甘みが全くないソンミョンソプマッコリ。私も初めて飲んだときはびっくりしました。「大人のマッコリ」というフレーズが口をついて出そうになりますが、そもそもマッコリが大人の飲み物でした……

 

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ヘンボッカンチッでは、パンチャン(サービスのおかず)にホンハッタン(홍합탕:ムール貝のスープ)が付いてきます。これがまたうんまいのですよ。

 

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料理はこれまた大好きなセコマク(새꼬막:サルボウガイ。メニュー表では「コマク(꼬막)」と表記)。

 

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続いて、マッコリとの相性抜群のジョン(日本でいうチヂミ)の盛り合わせである「モドゥムジョン(모듬전)」。またまたうんまいです。お酒は釜山・金井区(クムジョング)の名物であり、韓国で認定された民俗酒の第1号である「金井山城(クムジョンサンソン)マッコリ」。他に類を見ない濃厚な味が大好きで、釜山訪問の度に買って帰るほどだったりするこのマッコリ、わずか2週間という賞味期限(一般的な生マッコリは約1ヵ月)からも分かるようにデリケートな商品で、冬に保冷剤とあわせて持ち帰っても発酵が進み酸味が増してしまいます。こちらのお店は、発酵が進む前の出来たてに近い味が楽しめる点もまた高ポイントです。

うんまいお酒にうんまい料理。「幸福な店」という意味の屋号に違わず幸せの度合いが高まります。

こちらのお店「ヘンボッカンチッ」は、首都圏電鉄(ソウル地下鉄)5号線「鍾路3街」駅6番出口から徒歩わずか1分(約70m)。月~木は午前0時まで、金土は午前4時まで。日曜日店休。これからもひいきにしたいお店です。

ヘンボッカンチッ(행복한집:ソウル特別市 鍾路区 敦化門路11キル 20 (通義洞 44))

 

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そしてこの日の締めはヘンボッカンチッからも近い「クテグチッ」の水冷麺(ムルレンミョン)。ソウル市内に点在する創業数十年クラスの名店ではありませんが、閉店の早いこれら名店とは異なり安心の24時間営業、しかもそこそこおいしいという。私にとって鍾路3街でのホンスル(「一人飲み」の意)の締めとしてすっかり定着してしまいました。

クテグチッ(그때그집:ソウル特別市 鍾路区 水標路 123 (楽園洞 227))

 

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毎晩がお祭りのような鍾路3街の夜は更けてゆきます。

 

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明けて旅の3日目、2017年12月3日(日)。
この日の朝食は、ソウル特別市庁(市役所)の裏手にある「武橋洞(ムギョドン)プゴクッチッ」へ。
1968年創業、プゴクッ(북어국:スケトウダラの干物のスープ)の名店として知られるこちらのお店は、ランチタイムになると長蛇の列が形成されるという超人気店で、私が訪れた午前9時半の時点でも30人ほどの行列が。日本のガイドブックや旅行サイトなどでも紹介されており、日本人観光客も大挙して訪れるお店です。それだけ待ってでも食べたい味がこちらのお店にはあります。

 

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やって来たプゴクッ。こちらのお店はプゴクッ一本勝負なので注文せずとも人数分のプゴクッがすぐさま出てきます。
まずはスープから。スケトウダラのダシがしっかり効いていてほうとする味。うんまい。そのままでもおいしいですが、付いてくるアミの塩辛を適度に入れるといい塩梅となります。
しかもこちらのお店、なんとプゴクッのおかわりがOKなのです(2016年時点ですがたぶん現在も変わっていないはず)。

 

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写真はこれまた一緒に付いてくる小鉢なのですが、これをご飯に乗せて一緒に食べると猛烈にうんまいのです。もっと量があったならこれ一品だけでもどんぶリ3杯はいけそう。

 

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こちらのお店「武橋洞プゴクッチッ」の営業時間は午前7時~午後8時(週末は午後4時まで)、日曜定休。首都圏電鉄(ソウルメトロ)1号線「市庁(シチョン)」駅5番出口から徒歩約6分(約370m)で到達できます。同「鐘閣(チョンガク)」駅5番出口からでも徒歩約7分(約460m)。看板メニュー(というより唯一のメニュー)のプゴクッ(メニュー表では「プゴヘジャンクッ」と表記)は訪問当時は7,000ウォンでしたが、2018年11月時点では7,500ウォン(約750円:同時点)。強くおすすめできるお店です。

武橋洞プゴクッチッ(무교동북어국집:ソウル特別市 中区 乙支路1キル 38 (茶洞 173)) 

 

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ソウル特別市庁舎
左側の石造りの建物は日帝強占期の1926年に「京城府庁」として建てられた旧市庁舎で、現在はソウル図書館として使用されており、国家指定登録文化財第52号にも指定されています。
その後方には2012年に竣工した、前衛的デザインの新市庁舎が建っています。この新市庁舎を見る度に、誰かが「日本の建物を津波が襲う姿を模した反日建物だ」などと10秒で思いついたようなレベルのデマを吹聴していたのを思い出します。韓国人への憎悪拡散のためならどんな出まかせでも共感され拡散される日本のネット空間を象徴するエピソードです。こうしたデマを看過することはヘイトへの加担でしかありません。 

 

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続いて訪問したのはソウル冠岳区(カナック)、首都圏電鉄(地下鉄)2号線「ソウル大入口(ソウルデイック)」駅近くにある道路「冠岳路14キル」、通称「シャロスキル」。大通り(冠岳路)から一本入ったこちらの道は、その名の通りソウル大学校冠岳キャンパスの最寄り駅である同駅を利用するソウル大生が立ち寄ることで発展した繁華街です。

 

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「シャロスキル」の名がファッションの街として発展し女性を中心に人気の高い「カロスキル」(가로수길:「街路樹通り」の意)にちなんだものであることは、ソウルを何度か訪問された方であれば容易に想像できることでしょう。では「シャ」とは何かというと、ソウル大学校の紋章(写真1枚目)の中央上部に描かれたマークをモチーフとした、冠岳キャンパスの正門(写真2枚目)に由来しています。
このマークは「国立(국립)」「ソウル(서울)」「大学校(대학교)」のそれぞれ最初に出てくるハングルの字母「ㄱㅅㄷ」を組み合わせたもので、これをデフォルメした正門の形が「샤(シャ)」と発音する字に似ていることから、俗にそう呼ばれているものです。

 

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以前にこちらのエントリーにて、一見して日本の焼き鳥屋としか思えないたたずまいの釜山の居酒屋を紹介しましたが、韓国の繁華街や歓楽街では日本語表記の屋号、中でもひらがなを含むそれの飲食店を実によく見かけます。シャロスキルも例外ではなく、あちらこちらにそうした屋号のお店が。写真は順に「だいじょうぶ」「ひとり」「きよい」「ラーメン男」。なんだか一人ぼっちの寂しさにもめげず潔くラーメンをすする男性の姿を想像してしまいました。
それにしてもこのように日本語表記をある種リスペクトともいえるレベルで多用している社会が、この国の一部の人々に言わせれば「日本が嫌いで嫌いでしょうがない」のだというのですから驚きです。自分自身の悪感情を相手に投影したがるのも大概にしてほしいものです。
 

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こちらのシャロスキル、繁華街とは書きましたがカロスキルに比べるとまだまだ発展途中といった感じで、飲食店が並んではいるものの道の両サイドを埋め尽くすほどではありません。とはいえ近日オープン予定の垂れ幕を掲げた工事中の店がいくつかあり、着実に発展しつつある気配が感じられます。訪問から約1年を経た現時点ではきっと一層の変貌を遂げていることでしょう。そろそろ日本のガイドブックでも大々的に紹介されるかもしれません(すでにあったらすみません)

シャロスキル(샤로수길:ソウル特別市 冠岳区 冠岳路14キル (奉天洞) 一帯)

 

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余談ですが、市庁から片道30分以上もかかるシャロスキルまでわざわざやってきた最大の理由は、実は写真1枚目のお遊びのため。当初は大通り沿いにあったはずの「シャロスキル」入口を示す案内板での撮影を予定していたのですがどうしても見当たらず、これに代わる「シャロ」と明記された物件を探した結果、「シャロストーン」なるどこかで聞いたような名前のステーキ屋さんが写真の背景となってしまいました。
個人的に好きなこちらの作品のキャラクターの名がついた韓国のスポット訪問は、こちらのエントリーにて紹介した仁川広域市の「チヤコゲサムゴリ」以来。たまにこうしたお遊びをしますので、お付き合いいただけますと幸いです。

 

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この日は朝食が午前9時台と少し遅めのスタートとなったうえ、冠岳キャンパス正門の写真を撮った帰りには間違えてソウル大のキャンパス内に入るバスに乗ってしまい、そのうえ広大なキャンパスの奥で運行終了したため下車せざるを得なかったという。加えて次に訪れた某展示施設は日曜なのに予想外の休館日(韓国の展示施設は月曜休館が一般的)だったりと、ちょっとしたトラブルが立て続けに。そんなことをしていたら、あっという間に日が傾いてしまいました。
そうしたトラブル続きの中でも昼食だけはしっかりと。この日訪問したのは乙支路入口(ウルチロイック)駅近くのお店「湧金屋(ヨングモク)」。1932年創業、チュタン(추탕:ドジョウ汁)の老舗です。

 

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チュタンは一般にはチュオタン(추어탕)と呼ばれる料理で、韓国語でチュオ(추어:鰍魚)あるいはミックラジ(미꾸라지)と呼ばれるドジョウをすりつぶしてスープに溶いたものです。韓国では全国的に食されている料理ですが、地域によってその異材は大きく異なります。
主だったものとして、チュオタンの本場として最も知名度の高い全羅北道(チョルラブット)南原(ナムォン)市のそれに代表される「全羅道式」、大邱(テグ)広域市を含む慶尚北道キョンサンブット)地方を中心に食されている「慶尚道式」、そして今回の「ソウル式」があげられ、これらを総称して3大チュオタンと呼ぶこともあります。このほか前述した3種にはないコチュジャンやジャガイモが入るうえ、厨房ではなく卓上で煮立てて供される江原道(カンウォンド)原州(ウォンジュ)市の「原州式」など、さまざまなバリエーションが存在しています。
写真は本年(2018年)3月に訪問した大邱広域市の「尚州食堂(サンジュ・シクタン)」にて食べた、テンジャン(韓国味噌)ベースの辛くないスープに白菜などの葉野菜がどっさり入った慶尚式チュオタン。優しい味でうんまかったです。いずれ改めて紹介したいと思います。

前述したようにチュタンはドジョウをすりつぶしたものが一般的ですが、こちらのお店はドジョウが丸のまま入った「トンチュタン(통추탕)」を選ぶこともできます。私にとっては珍しいので、今回は後者を選択。

 

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そしてやって来たチュタン。テンジャンを使わないソウル式のチュオタンですが、ベースの牛骨に加えドジョウそのものから出たダシがしっかり効いています。うんまい。好みで卓上の山椒(韓国語ではサンチョ(산초))を入れて味を整えます。

 

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こちらのお店では写真の麺が一緒に出てくるので、スープ単体、麺投入、ご飯投入と3度の違った味を楽しむことができます。

 

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店内に掲示されていた先代の店主さん(たぶん)の写真や新聞の紹介記事。先代さんはなんだか映画俳優っぽいですね。

 

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こちらのお店「湧金屋」の営業時間は午前11時~午後8時(週末・公休日は午後8時まで)。首都圏電鉄(ソウルメトロ)2号線「乙支路入口(ウルチロイック)」駅1番出口から徒歩約5分(約390m)です。同1号線「鐘閣(チョンガク)」駅5番出口からだと徒歩約5分(約370m)同「市庁(シチョン)」駅5番出口からでも徒歩約7分(約460m)で到達できます。こう書くとお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、実は先ほど紹介した「武橋洞プゴクッチッ」からたったの100mほどしか離れていません。名物のチュタンは10,000ウォン(約1,000円:2018年11月時点)。ソウル式チュオタンの真髄を味わっていただきたいお店です。

湧金屋(용금옥:ソウル特別市 中区 茶洞キル 24-2 (茶洞 165-1))

 

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地下鉄の駅にあった、映画『1987』の広告。この年(2017年)の12月27日に韓国国内で封切られたもので、この日(12月3日)時点ではまだ公開前でした。その名の通り、1987年に韓国全土で展開された民主化運動「6月民主抗争」をテーマとした作品で。日本では本年(2018年)9月から『1987、ある闘いの真実』というタイトルで公開中です。

 

 この映画については、公開当日に観たその直後の思いを、上のツイートで表現しています。多くの方にご覧いただくことを願っています。
「6月民主抗争」については、本ブログの下記各エントリーで紹介しています。あわせてご一読いただけますと幸いです。

 

それでは、次回のエントリーへ続きます。

順天の旅[201810_00] - 天の意に従うという名を持つ街、そしてあの映画の舞台を歩く

今回はいつもと趣向を変えて、ちょうど本エントリー公開の直前(2018年10月27日~29日)に私が訪問した街、全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市について紹介したいと思います。

 

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順天市は全羅南道の南東部に位置する人口約28万人、面積約907平方km(香川県の約1/2)の地方都市で、東は光陽(クァンヤン)市、西は宝城(ポソン)郡と和順(ファスン)郡、南は麗水(ヨス)市、そして北は谷城(コクソン)郡と求礼(クレ)郡に接しています。
順天という地名は高麗時代後期の1310年に初めて記録に登場し、それまで当地は昇平(スンピョン)あるいは昇州(スンジュ)などと呼ばれていました。「順天」には中国の儒学者孟子の言葉「順天者存 逆天者亡」にもみられるように天の意に従うという意味があり、かつて順天一帯での生活環境が厳しいものであったことをうかがわせています。

 

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順天市の訪問は、実は一昨年(2016年)10月の楽安邑城民俗村(낙안읍성민속촌:ナガンヌプソン・ミンソクチョン。写真)に続き今回が2度目ですが、楽安邑城は隣接する宝城郡筏橋(ポルギョ)邑寄りの街はずれにあり、順天市の中心部の訪問は今回が初めてです。
今回の順天の旅についてはいずれ本ブログでもじっくり紹介いたしますが、まだまだ先のこととなりそうですので、まずは今回訪問したスポットについて簡単に紹介したいと思います。訪問中にしたツイートとあわせて、順天という街を知る手助けとなるようであれば幸いに存じます。

 

●アレッチャン
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アレッチャン(아랫장)とは1977年に南部市場として開設された在来市場で、2009年に「下の市」を意味する現在の名称に変更されました。面積3万3千平米の敷地内で末尾が2・7の日に開催される五日市は1日2万人が訪問し韓国でも最大規模とされ、それ自体が順天の一大観光スポットとなっています。私が訪れた日(10月27日)はまさに五日市の日。場内のいたるところに、そして近隣の路上にまで露店があふれていました。

 

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このアレッチャンでは毎週金・土限定で、午後6時から10時にかけて夜市場(ヤシジャン)が開催されています。会場は市場の中央に位置する屋根付きの広場。夜市場にはつきものの飲食屋台がいくつも出店しているほか、舞台では観客を巻き込んだステージイベントが。かなりの盛り上がりに包まれていました。

 

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夜市場にはこの時間帯限定の飲食屋台のほか、広場に面した常設の飲食店もあります。今回私が訪れたのはこれらのうち「61号ミョンテジョン(61호 명태전)」というお店。順天湾の干潟名産のチルルッケ(찔룩게:ヤマトオサガニ。学名:Macrophthalmus japonicus)を揚げた「チルルッケティギム」(찔룩게 튀김)、そして屋号にもなっているミョンテジョン(명태전:スケトウダラのチヂミ)のいずれもうんまかったです。写真にもあるように、こちらでは何種類かのマッコリも準備しています。この日は夜市場で賑やかでしたが、非開催の日は酒場らしい情感であふれていそうなお店です。いつかまた訪問したいものです。

 

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なおアレッチャンの周辺には、他地域の在来市場もまたそうであるように、クッパ(국밥)を扱う飲食店が多数立地しています。
すばやくお腹を満たすことができ、寒い時期には身体を温めてくれるクッパは、韓国の市場で働く人々に最も愛されているメニューだといえるでしょう。今回の旅ではこれらのうち2つのお店を訪問しました。詳細についてはいずれ本ブログにて紹介したいと思います。

 

●順天湾国家庭園・順天湾湿地  

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私も誤解していたのですが、「順天湾国家庭園」と「順天湾湿地」は全く別物であり、距離もそこそこ離れています。ただし乗用車のほか、後述する交通手段により相互を往来することは可能です。
まず市街地寄りの「順天湾国家庭園(순천만국가정원)」は、2013年の「順天湾国際庭園博覧会」の際に開園した、約112万平米(約34万坪)もの広大な公園です。場内には韓国庭園のほか、ドイツ庭園や日本庭園など博覧会に出展した世界各国の庭園もあります。また夜間は美しくライトアップされ、幻想的な雰囲気が漂います。

 

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続いて「順天湾湿地(순천만습지)」。
順天市が面する順天湾、およびその先に続く汝自湾(ヨジャマン)は浅瀬の干潟により形成された湿地帯であり、ラムサール条約にも登録されています。その湿地上に木製デッキの通路が設けられ、訪問者は湿地帯を踏み荒らすことなく(そして訪問者自身も汚れることなく)順天湾湿地を堪能できるようになっています。
季節によってその姿を変える順天湾湿地。私が訪問した秋は黄金色のカルデ(갈대:葦)が美しい時期であり、先の順天湾国家庭園では「順天湾カルデ祭り」が開催中でした。
また冬には韓国の天然記念物第228号に指定されるフットゥルミ(흑두루미:ナベヅル、学名:Grus monacha)が越冬のため飛来し、その縁で順天市は同じくナベヅルの越冬地である鹿児島県出水市と姉妹都市縁組を結んでいます。
加えて今回は見ることができませんでしたが、順天湾の一部地域には季節に応じて七色に変化することからその名がついた塩生植物「七面草」(칠면초:チルミョンチョ)が群生しており、中でもその色が赤く染まる秋は美しいことこの上ないそうです。

 

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私のように公共交通機関を利用した訪問者にとって、順天湾国家庭園と順天湾湿地との間を移動する場合に便利なのが、写真の「スカイキューブ」です。
スカイキューブとは順天湾国家庭園内にある「庭園」駅と、順天湾湿地の少し手前の「文学館」駅とを結ぶ韓国初のPRT(個人用高速輸送システム)で、6人乗りのおにぎり型の車両が全長約4.6kmの路線を10分弱程度かけてトコトコ走ります。料金は大人往復8,000ウォン(約800円)。日本にはないタイプの交通機関であり、これ自体がある種アトラクションのような存在です。国家庭園や湿地の観光とあわせてのご利用をおすすめいたします。

 

●鉄道文化マウル

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順天市稠谷洞(チョゴクトン)、Korail順天駅の裏側の緩やかな斜面一帯には「鉄道文化マウル」と呼ばれる住宅地があります。
こちらは1930年代、当時の南朝鮮鉄道光麗線(現・Korail慶全線)の開通や順天への鉄道局設置と前後して日本が建設した鉄道職員の官舎村で、4等~8等の日本式家屋による官舎が数十棟建設されました。それらのうちいくつかが改装や補修を経て今日まで住居として利用されています。これらのうち6等以下の官舎の特徴は、1棟の家屋を半分に仕切り、2世帯で使用したこと。外部からも中央部の仕切り線がはっきりと見て取れます。現在も2世帯での使用例が多いようです。

 

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鉄道文化マウルの一角には「順天鉄道マウル博物館」があります。玄関上の施設名表記が、どこかで見たことのあるスタイルですよね。内部は実際に用いられた鉄道用品の展示、マウルと順天鉄道局の歴史紹介など。あわせての観覧をおすすめします。

 

●順天府邑城(址)

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順天の旧市街である中央洞(チュンアンドン)・南内洞(ナムネドン)・栄洞(ヨンドン)・幸洞(ヘンドン)一帯には、かつて「順天府邑城」(순천부읍성:スンチョンブウプソン)がありました。
邑城とは倭寇などの侵入を防ぐため、客舎(객사:ケクサ。国外などから来た賓客の宿舎。地方官衙では最上級の施設)など主要施設を含む市街地を城壁で囲んだもので、前述した「楽安邑城」もこれと同じものです。順天府邑城は朝鮮時代初期の1430年に都巡問使の崔閏徳(최윤덕:チェ・ユンドク、1376-1445)により着工された周囲1,580メートル・高さ7メートルの石積みの城壁で、1453年に完工しています。画像1枚目の古地図はまだ邑城が現存していた1872年に描かれた「全羅左道順天府地図(전라좌도순천부지도)」のうち邑城の箇所を拡大したもので、城壁が丸く描かれています。
下側がへこんだ半円形をしていた順天府邑城は日帝強占期に破壊され、現在は跡形もありませんが、現在は画像2枚目の地図にもあるように道路となっているほか、法定洞(日本の「●●市●●町」に相当)の区画にその名残が見て取れます。これらのうち西門址近くの元城壁の道路は一部が記念庭園となっているほか、南門址そばには2020年竣工を目指して「順天芸術広場」が建設中です。


以上のほか、今回は時間の都合で訪れることはできませんでしたが、順天には「松広寺」(송광사:ソングァンサ)と「仙岩寺」(선암사:ソナムサ)の2大寺院が市内の曹渓山(조계산:チョゲサン、884m)を挟むように位置しています。
まず松光面(ソングァンミョン)にある松広寺は国宝4点や宝物27点などの文化財を擁し、韓国の三宝(仏宝、法宝、僧宝)寺刹のひとつである僧宝寺刹(優れた僧侶を最も多く輩出することで得られた名)として知られています。
また昇州邑(スンジュウプ)の仙岩寺はアーチが美しい石橋の昇仙橋(スンソンギョ)など14点の宝物を擁し、本年(2018年)6月には「山寺、韓国の山地僧院」として他の6つの寺院とともにユネスコ世界文化遺産にも登載されています。

 

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順天を訪問される際には、少し足を延ばして南の麗水(ヨス)市もご訪問いただくことをおすすめします。麗水市は人口約29万人の港町で、2012年開催の万国博覧会「麗水国際博覧会」でご存じ、あるいは訪問されたという方も少なくないことでしょう。こちらも国宝第304号の「鎮南館」(진남관:チンナムグァン。2020年まで解体修理のため観覧不可)をはじめとするスポットがたくさんあるほか、私が個人的に関心を抱いている1948年の「麗水・順天事件」の史跡も数多く存在しています。

今回の順天と麗水の旅は、いずれ必ず本ブログにて紹介いたします。ご期待ください。

 

 

  

【付記】映画『タクシー運転手』と順天

※以下、2017年制作、2018日本公開の韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(原題『택시운전사』。以下、『タクシー運転手』と表記します)につき、必要最小限の範囲でストーリーに言及しております。必要最小限とはいえ、これから映画をご覧になる方の中には「ネタバレ」となる可能性があるかと存じます。同映画をまだご覧になったことのない方は、以上につきご理解のうえ、以下の文につき読み進めていただくかどうかをご判断願います。

 

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1980年5月の光州広域市における「5.18民主化運動」(5.18民衆抗争、光州事件)を題材とし、本ブログでも幾度となく紹介した2017年の韓国映画、『タクシー運転手』。
この作品には、2つの「順天」が登場します。

ひとつは映画序盤、ソン・ガンホさん演じる主人公マンソプが愛車のフェンダーミラーを修理するため訪れた自動車整備工場「城東カー工業社」(写真)がある「順天」です。
こちらは設定上だとマンソプが愛する娘と暮らすソウルの市内となっていますが、ロケ隊が80年代初頭の雰囲気漂う整備工場を全国から探した結果、順天にあるこちらの整備工場に行き着いたとのことです。

 

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もうひとつは映画中盤に登場する、ソウル・東京・光州と並ぶ本作の舞台となった4つの街のひとつとしての「順天」です。
ドイツ人ジャーナリストのピーター(ユルゲン・ヒンツペーター)を乗せて戒厳軍の封鎖下にある光州市内に入ったマンソプは、その後ピーターを残して光州を脱出し、順天へたどり着きます。
この日(1980年5月21日)はちょうど、韓国の祭日「부처님 오신 날(釈迦誕生日)」でした。わずか90kmほどの距離にある光州での惨劇が、まるで嘘のように平和な休日の順天。その中で登場する順天のバスターミナルは、実は遠く離れた慶尚北道キョンサンブット)星州(ソンジュ)郡にある「星州バス停留場」にて撮影されたものです(写真は2018年7月撮影)

 

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こちらは現在の順天総合バスターミナル。1980年当時から存在する建物ですが、改装を経た現在の姿を知ったロケ隊が当時のターミナルの姿に似た物件を探した結果、星州バス停留場の建物が選ばれたとのことです。

順天の市場で買ったおしゃれな靴を土産に、いったんは娘の待つソウルへ一人で帰ろうとしたマンソプ。しかし立ち寄った順天バスターミナルの食堂で、光州の惨劇を大学生などの暴動のように報じる検閲下の歪曲報道に接し、激しい衝撃を受けます。
光州の惨劇が軍によるものだという真実を世に知らしめるためには、ピーターを、その撮影した映像とともに無事ソウルへ送り届けなければならない。しかし光州へ戻れば今度こそ殺されるかもしれない。
辛く苦しい葛藤を経て、マンソプは順天の街中をUターンし、危険を承知で再び光州へ向かいます。帰りを待つ娘には電話口で「お父さんが……お客さんを置いてきた」と告げて。

 

日本は5.18当時の光州のように物理的な暴力が公然と振るわれる社会ではありません。しかし「慰安婦」問題への国民一丸レベルでの史実否認と被害者への侮辱、朝鮮学校への行政による露骨な差別政策と司法による追従、そして先日の韓国徴用工裁判の判決に対する首相はじめ日本の閣僚主導によるダイレクトな憎悪扇動を見るに、もはや「物理的な暴力」以外のあらゆる条件は整いつつあるのかもしれません。

マンソプは順天で軍事政権下の韓国社会の現実を知り、すんでのところで引き返すことができました。そしてマンソプは再びやって来た光州で、自らの生命の危機を顧みず戒厳軍の集団発砲による負傷者の救助に携わります。
私が、そして本ブログをお読みいただいているみなさまが、いまこの瞬間まさしく「順天のマンソプ」なのです。

 

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余談ですが、星州バス停留場の建物内にはマンソプがククスをむさぼるように吸い込んだ食堂もあります。検閲下の歪曲報道を知ったあの食堂です。こちらは平日のみ営業だそうで、あいにく私が訪問した土曜日(2018年7月21日)は店休日でした。いずれ必ずや再訪したいと思います。

本ブログ開設2周年を迎えて

こんにちは、ぽこぽこ(@gashin_shoutan)です。
本日は千夜誕の9月19日。ということは本ブログの2回目の誕生日でもあるわけです。無事に2周年を迎えられたのも、ひとえに拙ブログをお読みいただいているみなさまのおかげであると存じております。心から感謝申し上げます。

昨年の9月19日に更新したのは、同年5月21日の光州広域市の旅であるこちらのエントリー。そして本日更新したのは同年12月2日の全羅南道新安郡、紅島(ホンド)の旅であるこちらのエントリーです。実時間の1年経過に対し、エントリーはまだ7ヵ月しか進んでいないという。そのためとうとう9ヵ月遅れとなってしまいました。今後はできる限りこのギャップを埋めたいとは思いますが、それでも訪問地には深い思い入れがあるのでどうしても詳しく書きたがるあまり更新が遅くなりがちです。これからの1年はこのギャップを埋めるべく励みたいところです。

さて、今年(2018年)は次の各市郡を巡ってまいりました。

中でも日帝強占期の支配と収奪の象徴たる近代建築を巡った1月の群山の旅、昨年に続き多くの出会いに恵まれた5月の光州の旅、そして1948年の「済州4.3事件」の虐殺現場を巡った6月の済州の旅は強く印象に残っています。いずれ必ずや本ブログにて紹介したいと思います。
これからも本ブログでは、強く共感するある方の言葉を借りると「モヤモヤしない」韓旅の魅力を私なりの言葉でみなさまに伝えてゆきたいと存じています。そして本ブログが誰かにとって韓国訪問の契機となるようであれば、これ以上の喜びはありません。引き続きご愛顧いただけますと幸いに存じます。 

 

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2018年1月20日全羅南道群山市「京岩洞チョルキルマウル」にて撮影。 

  

宇治松千夜さんの誕生日と3期決定を祝って。
2018年9月19日 ぽこぽこ

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