Twitter https://twitter.com/gashin_shoutan の別館です。
主に旅での出来事につき、ツイートでは語り切れなかったことを書いたりしたいと思います。

今年もありがとうございました。

こんばんは、ぽこぽこです。
今日は2020年の大晦日。今年はあまり更新できなかったとはいえ、拙ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。

今年はご承知のように、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い3月以降の韓国訪問が事実上不可能となり、結果として年内に3回(訪問は2回)しか韓旅をすることができませんでした。
まずは、それら今年の韓旅を簡単に紹介したいと思います。

 

●1月:全羅南道順天市

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こちらのエントリーでも書いたように、訪問先の全羅南道(チョルラナムド)順天(スンチョン)市で人生初の韓国での年越しを経験。
2020年の私の韓旅が、この順天から華々しくスタートしました。いや、スタートするはずだったのですが……

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順天市の面する順天湾には、日没の名所として知られ、私も2019年最後の日の入りを鑑賞してきた臥温海辺(ワオン・ヘビョン)に加え、日の出の名所として知られる花浦海辺(ファポ・ヘビョン)があります。私も当地にて2020年の初日の出を拝んでまいりました。

 

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続いて向かったのが、曹渓山(チョゲサン)の麓に位置し、ユネスコ世界文化遺産にも「山寺、韓国の山地僧院」のひとつとして登載されている寺院、「仙岩寺(ソナムサ)」。わずか4ヵ月前、昨年(2019年)8月に訪問したばかりのこのお寺を再訪したのは、前回は日没後のため撮れなかった、参道にある朝鮮時代の石橋「昇仙橋(スンソンギョ)」とその虹霓(こうげい:アーチ)越しに眺めた楼閣「降仙楼(カンソンルー)」の調和した姿をどうしても写真に収めたかったから。幸いにして念願かなうことができました(河原で足を捻挫したトラブルもありましたが)

 

●1月:江原道太白市

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江原道(カンウォンド)太白(テベク)市は、前回(2017年1月)以来ちょうど3年ぶり、通算3度目の訪問となりました。太白は全国有数の産炭地として発展し、一時は標高700m超の山中にもかかわらず人口約12万人を擁する都市となりましたが、1980年代以降の相次ぐ閉山により衰退し、現在は約4.3万人と韓国で2番目に人口の少ない市となっています。
私は個人的に産炭地に強い思いがあり、この街の随所に残る石炭産業全盛期の栄華の跡、そして当時を記憶する展示物を観覧するのが好きで、三たび訪れた次第です。

写真は同市内にある「倹龍沼(コムニョンソ)」。こちらのエントリーでも紹介した、ソウル市街を東西に貫くあの漢江(ハンガン)の発源地(源流)です。太白市にはこのほか、遠く釜山へと至る洛東江(ナクトンガン)の発源地である「黄池(ファンジ)ヨンモッ」もまた存在します。

 

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こちらのエントリーでも紹介した「鉄岩(チョラム)炭鉱歴史村」。鉱夫たちで賑わった駅前の繁華街の一部がそのまま残されており、内部は展示施設となっています。
これら建物は狭い土地を有効活用すべく、床面積の一部を裏側の川面に張り出しブラケットで支えた特殊な構造をしており、その形態から「カチバルカササギの脚の意)建物」と呼ばれます。

 

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こちらは今回初めて訪問した「太白体験公園」。かつての「咸太(ハムテ)炭鉱」の施設や坑道跡をそのまま展示施設に転用したもので、写真の坑道エレベーターはかなりの迫力がありました。いずれ本ブログにて紹介できればと思います。

 

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3年ぶりに訪問した「太白山雪祭り」を楽しんだ後は、私の大好きな太白の名物料理「太白タッカルビ」に舌鼓。みなさまもよくご存じの春川(チュンチョン)タッカルビが炒め料理であるのに対し、こちらは鶏肉をスープで煮込んだ料理です。特産のネンイ(ナズナ)など山菜をどっさり乗せて味わいます。あの味が恋しいです。

 

●2月:江原道束草市、江原道高城郡江原道春川市ソウル特別市

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2月の旅は、私にとって初訪問となる江原道束草(ソクチョ)市から。
束草は人口約8万人の小さな港町ですが 、南側の江陵(カンヌン)市とともに江原道を代表する一大観光都市であり、週末には観光客が大挙して訪れるといいます。しかし私が訪問したこの時期は、すでにCOVID-19対策のため中国政府が自国民の海外旅行を禁止しており、また韓国でも感染者が発生していたことから観光客らしき姿はあまり見かけませんでした。

束草で私が真っ先に訪れたのは、写真の酒場「番地オンヌン酒幕(번지 없는 주막:ボンジオンヌンジュマク。「番地のない飲み屋」の意)鄭銀淑(チョン・ウンスク)さんの著書『マッコルリの旅』でも紹介されていた(その後現在地に移転)こちらのお店、なんと金物屋さんの敷地の奥にあり、看板がないと一見してそれと分かりません。
こちらの名物は、店主である年配の男性が自ら醸したマッコリ。海産物を中心としたおつまみの数々とあわせて、おいしくいただきました。突然の訪問にもかかわらず温かく接してくださったご主人の思い出とあわせて、懐かしい記憶です。

その後、今年の夏頃に撮影された同店の訪問動画を観たところ、この日私が残してきたメッセージカードが、直前に訪問した方のものとあわせて店内の壁に貼られていることを知り、目頭が熱くなるのを感じました。
いつか必ず再訪することを誓います。ご主人、どうかお元気でいてください。

 

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同じく今回が初訪問となった高城(コソン)郡では、「高城旺谷(ワンゴク)マウル」を訪問。
台所と牛舎が連結するなど北方式の特徴を持つ韓屋が立ち並ぶこちらのマウル(「村、集落」の意)は、尹東柱(윤동주:ユン・ドンジュ、1917-1945)詩人の生涯を描いた2016年の韓国映画『空と風と星の詩人~尹東柱の生涯~』にて、詩人の故郷である間島(カンド。現在は中国領)として撮影されました。写真2枚目は劇中でドンジュの生家として登場する家屋です。奇しくも訪問した当日は、詩人の命日である2月16日。私にとってまたひとつの念願がかないました。

 

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束草市内では、代表的な観光スポットのひとつ「アバイマウル」を訪問。
アバイマウルとは、朝鮮戦争(韓国戦争、6.25戦争)のときに朝鮮民主主義人民共和国咸鏡道(ハムギョンド)から避難してきて、そのまま韓国に暮らすこととなった「失郷民」と呼ばれる人々が形成した集落で、アバイとは咸鏡方言で「お年寄り」の意です。TVドラマ『秋の童話』の撮影地としてご存じの方もいらっしゃることでしょう。
このアバイマウルは市街地から運河を挟んだ対岸に位置し、訪問には「ケッペ」と呼ばれる人力のイカ(写真1枚目)が主に利用されます。観光客が漕ぐこともでき(対岸の間に張られたロープを鉄の棒で引っ張ると進む)、それ自体が観光名所となっています。

 

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アバイマウルの名物料理といえば、なんといっても咸鏡道風の太いスンデ「アバイスンデ」(写真1枚目)と、イカにもち米などを詰めた「オジンオスンデ」(2枚目)。アバイマウルにはこれらスンデを扱う飲食店が立ち並んでおり、写真はその中でも評判の高い「端川食堂(タンチョン・シクタン)」のもの。大変うんまかったです。ボリュームもあってお腹いっぱい。朝食でなければマッコリが欲しかったところです。

 

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束草は鉄道がなく、帰国当日までの滞在はリスクが伴うため、帰国前日に鉄道駅のある春川へ移動。大好きなタッカルビの本場でもある春川は今回で7年連続訪問と、ソウル・釜山以外では最も多く訪れている街です。
今回は前々から目をつけていた、市内にある酒場「マッカルナヌンチッ(맛깔나는집)」を訪問。こちらも店で醸したオリジナルのマッコリを出しているためです。少しクセがあるけれど甘酸っぱくてうんまい。そして料理はトゥブグイ(豆腐焼き)。なんと卓上コンロで自分で焼きながら食べるスタイルだという。表面が少しカリッとする程度に焼いて食べるとたまらないのです。春川を再訪すべき理由がまたひとつ増えました。

 

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この旅の、そして私にとって当面最後の訪問地となったのは、ソウル特別市にある「孫基禎記念館」。
1936年のベルリン五輪のマラソン競技で、朝鮮人でありながら日本代表としての出場を余儀なくされつつも見事優勝した、孫基禎(손기정:ソン・ギジョン、1912-2002)選手の生涯とその記録を記憶継承するための展示施設です。館内には「日章旗抹消事件」を含むさまざまな解説パネルに加え、ベルリン五輪での金メダルの実物(写真3枚目)を含む選手の遺品が展示されていました。
実はこちらの記念館、ソウル駅15番出口(空港鉄道側)からわずか徒歩約14分(約820m)という極めて便利な場所にあります。ぜひ訪問いただきたい場所です。

 

この2月の旅以降、COVID-19の拡大により韓国を含む海外渡航が制限されたうえ、日本政府による対韓国でのビザなし渡航の受け入れ中止を受け韓国政府も同様の措置を取ったことから、観光目的での韓国の旅は事実上不可能となり現在へと至ります。私も3月に計画していた慶尚北道キョンサンブット)安東(アンドン)市の旅をはじめ、5月恒例であった光州(クァンジュ)広域市訪問の分など、すべての航空券予約がキャンセルとなってしまいました。現時点では再開のめどは全く立たない状況です。

 

 

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2020年1月1日、全羅南道順天市、コプチャンコルモクにて撮影。

 

約半年間ツイートを休止していた理由について

今年の3月からおよそ半年間、Twitterアカウント「@gashin_shoutan」でのツイート活動を休止していました。また、その期間のほとんどにおいて本ブログの更新も停止していました。コロナ禍に伴い3月下旬頃から仕事が激務となったことが直接的な動機ですが、これ以外にもツイートを休止する理由が2つありました。

まずひとつは、迫りくるパンデミックの恐怖を前にしてか、相互フォローの方々を中心に人心の荒廃を目の当たりにしたこと。それまで反差別発言をしていたにもかかわらず外国人入国者に対し不意に排外主義的な発言をする者、あるいは国内外での感染拡大状況を嗜虐的に楽しむ者、またあるいは私や他の方が一日も早く韓旅をしたいと書くと「しばらくは無理だと思うよ」などとマウントを取りたがる者など。そうした状況に嫌気がさし、しばらくTwitterを離れようと思った次第です。

そしてもうひとつは、私の反差別に言及したツイートのRT・「いいね」数が伸びなくなってきたこと。数こそが絶対であるTwitterにおいて、特に対韓国での憎悪や差別心をむき出しにしたツイートが都度万単位のRT・「いいね」を得る一方で、私の反差別ツイートは多くとも数百、平均では数十程度しかRTされなくなっていました。また気持ちの焦りからか、そうしたツイートが引用RTにより「考え過ぎ」「被害妄想」との誹りを受ける機会も増えてきました。これらはひとえに私の表現の稚拙さに起因するものであり、おそらく自業自得の結果なのでしょう。
拡散されないだけならばそれは仕方ないことであり、自身が無力だという事実を直視し受け入れるだけのことですが、それが結果として韓国憎悪やコリアン差別の「正しさ」を逆説的に証明する「後ろ弾」となっている現実を次第に悟るようになりました。皮肉にも私が反差別を唱えれば唱えるほど、思いとは裏腹の結果となっていたわけです。そのためか、長らく相互フォロー関係にあり、反差別の観点で志を同じくすると思っていた方も、次第に疎遠となるようになりました。そうした状況に強い自責の念を抱き、むしろ沈黙することによって消極的であれ反差別に協力できることを期し、ツイートを休止したものです。

しかし、たかだか私一人が休止したところで状況は何ひとつ変わらず、状況への焦りからか精神疾患など別の差別を利用した反差別ツイートが頻繁にタイムラインに流れるようになったのを見て、いてもたってもいられず10月末にツイートを再開した次第です。感染拡大から時間が経過したからか、前者の理由についてはだいぶ解消したものの、私こそがむしろ差別への加担者だという後者の理由についてはいまだ解決できておらず、私自身も結論を出しきれていません。どうすればよいのでしょうね。

 

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2020年1月19日、江原道太白市、上長洞壁画マウルにて撮影。

 

今年、最も怖いと思ったこと

こうしてツイートを休止していた中にも、低頻度とはいえTwitterのタイムラインを見る機会がありました。その中で最も精神的ダメージを受けたのは今年7月頃、元自衛官を名乗るアカウントにより、2016年4月の熊本地震の直後における在日コリアンたちの行動をバッシングする一連のツイートが投稿され、あろうことか万単位のRT・「いいね」がなされたことです。
ヘイトの再生産となるためその内容について細かくは書きませんが、私はこの一連のツイートのメッセージを「俺たちにお前ら(在日コリアン)を殺させるなよ」というものだと受け止めました。そして、次の大規模災害時にはこれに乗じてヘイトクライムが行なわれる「かもしれない」、という自分のこれまでの危機感があまりにも浅薄な、楽観的極まりないものであったことを思い知らされました。
おそらく彼らの狙いは「破局」の実現、すなわち97年前のような災害直後の混乱に乗じたヘイトクライムの再現こそにあります。ただ自分の手を汚すのが嫌だから、こうして「在日コリアンに危害を加えてもいい理由、良心の呵責を感じなくてもいい理由」を唱え、また同調者もその実現を期して拡散したがるわけです。しかし、Twitterという閉じた世界の中だけでさえ、その同調者が万単位に達するという現実。
私が、私たちができることはもはや、次の災害直後の「破局」を食い止めることではなく、確実にやってくる「破局」に際しその身を盾にしてでも誰かを守り抜くことなのかもしれません。ならば私は、そのためにも抗い続けることを誓いたいと思います。

 

なお、前述した一連のツイートが「作り話」であることは、下記リンク先にて丁寧に検証されています。本ブログにて個人的交流のない方のブログを紹介することは原則控えているのですが、どうしても紹介したいのでリンクを記しておきます。記事中にて引用されているツイート画像中にヘイト表現が含まれるので、ご注意のほどお願いします。

 

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2020年2月17日、江原道束草市、アバイマウル壁画コルモクにて撮影。

 

2021年への誓い

今年の3月頃、日本よりも先にCOVID-19が拡大した韓国がいち早く「ドライブスルー検査」などのPCR検査を拡大実施したのを見て、韓国のような徹底検査方針こそがむしろ愚策だのという論調、あるいは韓国が「医療崩壊」した(もちろんそうした事実はない)ことを他人事のように嘲笑する姿勢がメディアやSNS上で優勢となったことは記憶に新しいと思います。韓国のほか、米国や欧州などでもPCR検査の徹底が一定の成果を上げていたにもかかわらず。そうして日本ではこの年の瀬になってさえも、ごく一部の自治体や私企業実施のものを除き、PCR検査を受けたくとも受けられない状況が続いています。韓国の後塵を拝する、韓国の模倣をするのは人として最大の恥辱であり、それくらいなら感染リスクなど甘受するという日本人の自尊心や自己愛が自らかけた「呪い」の強さを改めて思い知らされた一年でした。
私たちはこの「呪い」を自ら克服し、差別は絶対悪であって「理由のある差別」などは決して存在しえないという21世紀の国際社会の共通観念に、一日も早く復帰しなければなりません。

 

それでは、よいお年を。
みなさまにとって2021年がとって輝かしい1年となりますように。
そして、人類がウイルスの感染拡大を克服するとともに、私たち日本社会の構成員がマイノリティの方々を踏みつけることなしに自ら差別やヘイトを克服する端緒となる1年となりますように。

 

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2020年2月17日、江原道束草市、ケッペのりば(アバイマウル側)にて撮影。

 

 

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